第6話 彼が自ら創りあげるもの

愁羽淋
·
公開:2026/3/1

第6話 彼が自ら創りあげるもの

A 第6モックスサイト

 三ツ杉の宿でグレイスたちと合流、ラプ――手のひらサイズのわたしの相棒――が迎えてくれた。ことのあらましはフレアから説明。それぞれの部屋で一晩を過ごし、翌朝は早目に発ち、昼過ぎにはチミノーの港につく。

「肩に乗ってるのは、ミニチュア・モックスかい?」

 ハーディ・ガーディが尋ねる。

「そうだよ。よくわかったね」

 ベルカミーナは手乗りモックスって言ってたけど、同じ意味だと思う。

「わかるとも。一見するとリスに見紛うが、毛並みや顔つきを見れば明らかだ」

 なにそれ。文語体?

「ラプには秘密があるんだよねー」

 わたしは肩から腕へとラプを走らせながら、ラプに話しかける。

「ほう。どんな秘密が?」

「言ったら秘密にならないでしょ」

「はっはっは。それもそうだ。これは一本取られたな」

 いつの時代のひと?

 船は乗り合いもあったが、資金は(ヒゲのおじさんの手元に)ふんだんにある。魔法船をチャーター。貴族や王族が乗るヤツ。船主はわたしたちの出で立ちを見て訝しげな顔を見せたが、金を見せるとほろほろに綻んだ。

 海へ。ゆっくりとはしけを離れて、おもむろに速度を上げる。魔法船の足元に響く振動は、遠くに幻想の調べを浮かべる。船体が波を超えるたびにその波動は高まり、魔法球スフィア生成の唸りにも似た音がわたしを緊張させ、そして、愉快にする。波に跳ね上げられるごとにわたしの魂は肉体を踊り出て、じゃれ合う肉と魂とがふたつの波の軌跡を描いて絡み合う。肉体はただ精神に従属するレトリックに過ぎなかったことを思い出しながら、海上には多くの小島が浮かび、それぞれの島には集落があり、目的のデス・アイルかと思わせるほどの大きな陸の塊もあるが、それも脇を抜け去ると大海に浮かぶ岩塊になって消える。

 小一時間ほどでデス・アイルへ。不気味な名前に似つかわぬのどかな港町の、小さな桟橋に船を寄せる。この不名誉な名前は、キア領の流刑地だったことに由来する。元は小さな漁村しかなく、いまのように魔法船もない時代は、大型の外洋船に乗るよりほかに外に出る手はなかった。だけどそれももう百年以上も昔の話。流刑地の記憶はただ島の名に留まり、ルハーマイには貴族の別荘に市場、小さなパサージュがある。

 まだ日はあったが、ルハーマイで宿泊。目的のサンターンはモックスの自治区。話が長引けば、宿が取れるかどうか怪しかった。翌日、馬車をレンタル。念のため野宿の準備も整えてサンターンへ。山道を馬車で2時間。

 グレイスの些細な疑問、「モックスって、ちゃんと話が通じるの?」という言葉に、ハーディ・ガーディが答える。

「そのためのフールエだ。言葉は通じる」

「フールエって通訳係だったんだ」

「そ。言葉は通じる。だけど、言葉しか通じない」

「どういう意味?」

 ヴェルデが問い返すと、ハーディ・ガーディが引き取って答える。

「ガンフ・オルアの国教、オランドラス教と、魔法院のエスカト神智学は親子のような関係にある。たとえばオランドラス教には最高神フータンヌルイを頂点とした神話体系があるが、エスカト神智学ではフータンヌルイは神ではなく、宇宙の根源的な力と見做されている」

「なんでかわかる?」

 割り込むフールエ。

 ハーディ・ガーディは呆れながらもわたしたちの顔を見渡し、声が上がるのを待つ。

「フータンヌルイを神であるとするなら、その神を生んだ別の神の存在が必要になる。それに、フータンヌルイ神が自分の姿に似せて人間を作ったと言われているけど、それは男か女かという疑問もある。フータンヌルイが絶対神ならば男でも女でもないはずだし、それに食べ物を食べる必要も、排泄する必要もない。言葉だけで宇宙を創造したのが事実なら、手すら要らないはずよ。人間の身体は、神をモデルにしたという割には、物質界に最適化されすぎてる」

「そう。そこに整合性を取るために、エスカト神智学ではフータンヌルイを宇宙の根源的な力として定義した。そして、最初に生まれた人間も、『アダムカドモン』という人間の原型であると定義し、オランドラス教の天使たちも、アダムカドモンに宿る霊魂の原型とした」

「知ってるわ。モックスたちは、どちらを信仰しているの?」

 流れるままの会話は、どこかで淀むことなど考えない。でもそれは、不意に訪れる。

「このどちらでもない」

 そして言葉は、くるくると行き先を失う。

「信仰がないってこと?」

「そうとも言える。彼らは自分たちのことを『彼らが自ら創りあげるもの』と定義している」

 それを聞いてグレイスは蔑むような笑みを浮かべ、目を伏せる。

「そんな考えだから、モックスに魔法使いはいないんじゃない?」

 ヴェルデが穏やかに言葉を添える。

「かもしれない。だけど、そこが不思議なんだよ」

 ハーディ・ガーディもまた、まるでずっと解けないままのパズルを改めて取り出すかの諦観を含んだ穏やかさで返す。

「オッカネ山で、魔女たちは無類の魔法技術を発展させた……。今回焦点となっているコデックス・オブ・ライフもそうだ。それらの多くはいま、魔法院に接収されて、エスカト神智学の体系のなかで解析が試みられているが、目立った成果が出ているとは聞いていない」

「魔女の技術がそれほどまでに優れていたってこと?」

 これもさりげなく、流れるままに出た疑問。

「そう。だけどそれは、本当に魔女の技術と言えるのかな?」

 そしてこれもまた、淀む。

「言えるのかな、とかじゃなく、答えを教えてよ」

 と、こちらは単純ストレートなフレアの意見。

「モックスがその技術を教えたってこと?」

「端的に言えば、そうだ。それはわたしたちのオランドラス教教義と、エスカト神智学とが、ともに間違っている可能性を示している」

「でもそれじゃ、モックスの技術が、わたしたちの叡智を超えてるってことにならない?」

「グリーンの子、勘がいいじゃない」

 ヴェルデが興味津々に乗り出す脇で、グレイスは憮然な表情で腕組み。

「カルガモット卿がなぜ異端とされるか、考えたことがあるかい?」

 そして元気なバッタを追いかけるように理路が跳ねる。

「身勝手だから?」と、単純派代表。

「ある意味、そうだ。おそらく彼は、エスカト神智学を否定している。ベルカミーナ・ミランもそうだと聞く。このふたりにこのコデックス・オブ・ライフが渡れば、新たな技術の扉が開くだろうとも言われている。事実、ベルカミーナは数々の成果を挙げているらしいじゃないか」

「でもおかしいわ。どうしてそれを魔法院で第2階位でしかなかったわたしたちに言うの?」

 馬車の振動に揺られながら、怪訝な顔でフレアが口にする。

「ハーディは亡命を考えてるんだよ♪」

 フールエが無邪気に口を挟むと、ハーディ・ガーディの表情が固まった。目が泳いでる。馬車の揺れで小刻みに髭の先端が揺れる。考えてる。ローディング中。プログレスバー止まった。進んだ。98%。処理終了まで2秒未満。完了。

「はっはっは。フールエは勝手なことばかり言う」

 笑って誤魔化した。

 ――彼らは自分たちのことを『彼らが自ら創りあげるもの』と定義している。

 ハーディ・ガーディから聞いたその言葉は、わたしには不快だった。それはベルカミーナが自分の卵子とコボルトの精子を使って戌神を作り出した話を思い出させた。それに……ラプも手乗りモックスとギガント・モックスにシェイプチェンジできるし、これだって、ベルカミーナがモックスを改造して作り上げた可能性がある。

 

 オッカネ山の遺跡は古の時代に築かれ、ひとが離れてからは打ち捨てられた老人のように時の侵食を赦し、自らを覆った大木の根に割られ、多くの屋根を崩落させ、それを免れた一部の躯体も、木々の成長とともに隆起する土地に押されて傾ぎ、だがそこには確かに古代の叡智につながる細い糸が見て取れた。ハーディ・ガーディの言葉を聞いて、これから訪れる第6モックスサイトも同じような、あるいはそれがまだ老いることなく生き続けた場所のように思い描かれていたが、訪れた村は自然のなかに溶け込んだ古い茅葺きの家の並ぶ粗末な集落だった。村に近づくとともに路面も荒れ、道の左右から草が張り出し、最後の1キロほどは馬車を離れ、歩くことを余儀なくされた。フレアだけは魔法の箒にまたがり、先へ行っては様子を見てもどり、と繰り返していたが、やがてそれにも飽きて一緒に歩いた。

 出迎えはなかった。

 物珍しそうに見るモックスが何体かいて、こちらを警戒する様子もなく、彼らのうちの幾人かはわたしたちの後ろについて歩いた。彼らにはフールエが話しかけていた。通訳してハーディ・ガーディに伝える言葉が漏れ聞こえ、長老の家を目指していることを知る。お目当ての魔術師ベテルギウスに逢うまえに、仁義を通しておくということだろうか。間もなく長老の家に着くと、そこには出迎えがあった。子どものモックスと見える。物珍しさからただわたしたちの姿を見るために表に出てきただけなのかもしれない。

 長老の前に通されると、まずはハーディ・ガーディから手土産が渡される。包みを開くと銀色に光る金属が見えて、お金かと思ったらハーモニカだった。音楽家らしい選択。フールエを通して世間話。交わされているのは先の戦争の話が多い。おそらくここでは、ゆっくりと時間が流れているのだろう。

 ひととおりの挨拶を終えたら、魔術師ベテルギウスの家へ。先ほど屋敷の前で出迎えてくれた子がわたしたちを先導する。深く湿った下草。そこかしこにぬかるみがあり、そこに渡された板張りの多くは朽ちて、踏めば森の木々と同じ匂いを発する。モックスの子は裸足でその上を歩く。目的の家につくが、そこも他の家と同じ木造のあばら家。入口の扉もなく、垂らされた厚い布を手で避けてなかへ入る。なかはそう広くはなかったが、促されるままマリウス、ブラッド・アップルを含め全員が部屋に入った。

 きゅうきゅうのきゅう。

 魔術師ベテルギウスも、ごく普通のモックスだった。ろくに挨拶もせず、ハーディ・ガーディが手土産を取り出す間も与えずに「ん、ん」とだけ言って、棚から光る装置を取り出して、コデックス・オブ・ライフをそこに乗せるように促した。

「微粒子によるジャミング・ノイズを電磁気干渉操作で取り除くそうよ」

 と、フールエが教えてくれる。

「どういう意味?」

 グレイスが聞き返す。

「コクマー星霊の力をネツァク星霊の力で取り除くの」

 フールエがわたしたちにわかる言葉に変換してくれる。

 装置の板状の部分にコデックスを乗せると、前面にあるいくつかの緑色と赤色のランプがまばたきはじめ、小窓に数字のようなものが浮かんだ。ぶーんという虫の飛ぶような音と、チッチッチッという小刻みに何かを叩くような音が小さく聞こえる。わたしたちが知る魔法とは少し違う、別の魔法のよう。長老の家からついてきたモックスが、わたしたちに茶を配る。

「少し時間がかかるって」

 と、フールエ。

 ハーディ・ガーディが改めて手土産を渡すと、ベテルギウスは早速それを吹いて、デタラメに音を鳴らして喜んだ。

「少しお話を伺ってもいいですか?」

 グレイスが聞いた。

 ハーディ・ガーディが促し、フールエが訳し、ベテルギウスが頷く。

「あなたたちは神を信じることも、宇宙の根源の力を信じることもなく、自分たちのことを『自分たち自ら創りあげるもの』と言っていると聞きましたが、どういう意味ですか?」

 チッチッチッチッチッチッと鳴る小さな装置に、マリウスはずっと目を落としている。

 グレイスの問にベテルギウスは少し戸惑ったようだったが、棚の上にあったペーパーナイフを手にとって、それをわたしたちのまえに差し出して語り始めた。

 曰く――

 ここにあるペーパーナイフは、紙を切るための道具だ。

 つまり、役割があらかじめ決まっている。ペーパーナイフは「何であるか」が最初に決まった状態で、この世界に生み出される。

 ところが、我々人間は違う。人間は、まずこの世に投げ出され、その後で自分がなにものかを決める。

 そのひとが「嘘つき」なのか、「誠実な人」なのか、あるいは「教会の信徒」なのか、それは最初から決まっている運命ではなく、そのひとがその都度、自分で「選択」して、その結果で決まっていく。

 それは神が決めるものではない。教会が決めるものでもないし、学校の先生が決めるものでもない。自分が決めるものだ。

 ――言葉が一段落つくと、グレイスの再質問。

「それによってもたらされるのは、ただの混沌です。教会や法律が決めて、それに従うから秩序が生まれるんです」

 ――そうだね。秩序に従うのは楽な生き方だよ。だれかに従っていればいいんだから。もしだれかを傷つけても、自分の責任ではなく、『教え』の責任だ。たとえ間違っても神に、あるいは法に罰してもらえば、それで責任を果たしたことになる。でもそれはただの自己欺瞞アン・モーヴェーズ・フォアだよ。

「法は要らないと言う意味ですか?」

 ――法は前提にはならないというだけ。従うか否か判断する必要があるなら、あなたが決めればいい。あなたが決めた瞬間から、それは与えられた法ではなく、あなたが選んだ法になる。あなたはペーパーナイフのように、誰かが使うただの道具になりたいのか、それとも自分で考える人間になりたいのか、それだけの話さ。

 なんて話を、わたしもフレアも、そしておそらくヴェルデも、わかったようなわかんないような微妙な空気でふーんとか言って聞いてたんだけど、グレイスはわたしらよりひとつ上のレイヤで、それを自分なりに噛み砕こうとしていた。そのとき。

「なかなかおもしろいことが書いてありますね」

 さっきからずっと本の表紙を見つめていたマリウスが不意に口に漏らした。

「おもしろいことが書いてある? この本?」

「ええ。アリスロッテ、あなたには魔法が使えないはずだってシシリールーから聞いたとき、その理屈までは聞かされていなかったんですが、謎が解けました」

「ちょっと待って。この状態で読めたの? 透視能力?」

「スタンダードアウトプットにデータが出力されています。この距離ならモニター可能です」

「わかるように言って!」

「奔放なる愛の星霊、勝利のネツァクが精神に語りかけてきます」

「そ、そうなんだ……わたしには聞こえなかったけど……ってゆーか、わたしが魔法を使えないはずって、前にも言ってたけど、それってなに?」

「それは――」

 言いかけたマリウスの言葉が止まり、部屋の外へと意識を向けた。

「どうしたの?」

「僕の出番のようです」

 マリウスは静かに立ち上がる。

「もしかして、カルガモが来たの?」

「ええ。カルガモット卿は僕が抑えます。ハーディ・ガーディを保護して、あなたたちは魔法院へ戻ってください」

 そう告げるとマリウスは外へ。

「フレア! 箒貸して! わたしが囮になるから、あなたたちでハーディ・ガーディを守って!」

「いいけど、ひとりで大丈夫?」

「ラプもいるし、クルシン・デシネもある。なんとかやってみる」

「わかった。気をつけて」

 

B 生体人形

 爆発音。一斉に鳥が飛び立つ。二度、そして三度。わたしは箒を駆って空へ。風に揉まれながら見渡すと、立ち上がる土煙が見える。マリウスはおそらく例の光の剣で戦っている。カルガモの戦い方は知らない。ラプはおなかのあたりにしがみつく。立体機動戦を得意とするマリウスが森にいるのはどういうわけか。囮になるとはいったものの、カルガモの姿は見えない。ただ、ふたりの交戦地点が少しずつ移動しているのはわかる。それを追うしかない。驚いた小鳥のように視界を遮るもののない空へと出たのに、そこで小鳥と同じ不安に駆られる。異界点エミッター展開。様子見にフレイムランス数発を放つが反応はない。再度爆発の土煙が見え、遅れて爆発音。木々の頂きをかすめるようにして、それを追うと、空圧制動フォノ・プレッシャーの衝撃面へと突っ込む。魔法のジャミングのためのものだろうが、はたしてどちらが放ったものか。木々の葉を散らす球状の衝撃面が音速で広がってくる。2枚、3枚とその衝撃面を抜けると、くぐるたびに内耳に圧力がかかる。頭上に踊る光の剣が見えた。非同期に楕円曲線を描き、見えざる空の一点を追尾する。

「キィィィィィィィッ!」

 ラプが金切り声を上げ、ふと見ると正面に障害物、急制動、ぎりぎりで大木を躱し、次に現れた木を両足で押しのけ衝突を回避、失速しバランスを取り直し地上スレスレで減速し立て直すと再度空へ。

「ここってどこなのかよくわかんない!」

 とりあえず高度を上げてあたりを見回すけど、遠くに海があって港町があるのはわかるけど、サンターンの村がどこだったはわからない。でも、距離は離れたと思う。そこにアルケイン・レーザーの光の帯がわたしの頭上を薙ぐ。

「なにそれ、殺す気!?」

 凄まじい威力。レーザーが走った空間がチリチリと帯電している。再度アルケイン・レーザー。こちらへ飛んでくることなく、遠くで一点に照射している。そしてそれを防ぐ球状のマナ・ウォール。マナ・ウォールがこんなに輝くをの初めて見た。遅れて雷鳴のように空気の膨張音が轟く。これじゃあうっかり近付けない。せめてマナ・ウォールとアルケイン・レーザー、どちらかマリウスかわかれば援護できるのに。マナ・ウォール側がプリズミック・ウォールまで展開。アルケイン・レーザーの射線を複雑に屈折させ、またレーザーの先端がわたしの頭上を薙いで疾走る。続いてエクスプロージョン。閃光とともにマナ・ウォールが消える。発する熱が気流の渦を作り瓦礫を舞い上げ、その衝撃面がわたしへと迫る。大急ぎでマナ・ウォール。ラプが危機を察してギガントモックスにモードシフト、箒で飛ぶわたしに覆いかぶさる。一瞬の爆音が聞こえたあとはきーんという耳鳴りだけを残して音が消え、気流がわたしの体を木の葉のように弄ぶ。体勢を立て直すにももうどちらが上かわからない。ラプに抱きかかえられたままゴロゴロと地上へ。

 魔女っ子ドレスはライトニング・ビスチェ等々のお値打ち品アーティファクトでできているんで、なんとか耐えるものの、やばい。音がない。完全に耳が聞こえてない。でもただ足音だけは、体のなかを通って聞こえてくる。

「ああーーーーーっ!」

 くっそ。完全にいったわけじゃないけど、治るのかなこれ。

 地面に叩きつけられてたラプは、ぴょこんと起き上がって手乗りモードにシフト。駆け寄ってきて懐に飛び込む。

「あんたもたいがいタフよね」

 戦闘は落ち着いている。決着がついたのかもしれない。

「マリウスたち、どっち行ったかわかる?」

 ラプに訊くとまた懐から飛び出して、ぼんっと弾けてギガントモードに、わたしの手から箒を取って、地面に立てて――

「それを?」

 ――手を放して、倒れた方向を指して、「あっち」って。

「それはなんか特殊能力的な根拠があるの? ただの占い?」

 

 しばらく箒で飛ぶと、爆心地とも呼べるべき場所にたどり着いた。聴力は半分戻ったかどうか。

 人影が見え、こちらを伺っているが、交戦の意志はないように思える。立っている姿と、横たわる姿があり、間もなく、立っているのがカルガモだとわかる。わたしは魔女っ子ポケットから魔法銃クルシン・デシネを取り出し、右手に握ったまま地上に降りて、カルガモに近づく。

「まだ死んではいない。手当してやれ」

 わたしが声を掛けるよりも先に、カルガモが口を開く。

「なんでそんなことしたの! なんのために!?」

「デク人形が本気で仕掛けて来たから相手をしたまでだ」

「なにその言い草」

 わたしの泡立つ怒りに反応するかのように、クルシン・デシネが輝きを増す。

「ほう。亡霊が一緒か」

 亡霊?

 カルガモはクルシン・デシネのことを言ってる?

「そんなのどうでもいい! なんでわたしたちを狙うの!? 目的はコデックス・オブ・ライフ!?」

「そうだ」

「奪ってどうするつもり?」

「奪うなど、そんな単純な話ではない」

「そーゆーもったいつけて喋られるの嫌なの! ストレートに言って!」

「ならば言おう。あの本を魔法院に渡すな。奴らはそれを処分する可能性がある。もしハーディ・ガーディを保護しているなら、魔法院に届けずに直接彼の飛行船に乗せて本国へ返せ。さもなくば、オッカネ山魔女遺跡で最も重要なテクストが闇に葬られることになる」

 くっそ、またどっちが正しいのかわかんない概念出てきたぁっ!

「あんたに指図されたくないっ!」

「やれやれ。ならば仕方がない」

「あ、待って。何するつもり?」

「俺が取り戻すしかないだろう」

「させるわけないでしょ! わたしが見逃すとでも!?」

 わたしは魔法銃クルシン・デシネの銃口をカルガモに向ける。

「飽くまでもシシリールーの命に従うというのだな?」

 そう、シシリールーの……。とは言え。たしかにシシリールーはわたしの命の恩人だけど、クズはクズだ。それに従うのも変な話。それはずっとわたしの胸の底に淀んでた。

「わたしが決める。動かないで」

 とりあえず、魔女っ子リンクしてるフレアを呼び出す。

「フレア。聞こえる? いまどこ?」

 ――あ、アリスロッテ? 無事だった? こっちはいま、ルハーマイの公営ポータル。帰りはびゅーんだよ。

「デルクモについたら、ハーディ・ガーディとコデックスを魔法院に渡さないで、そのまま彼の船に乗せて」

 ――どうして?

「魔法院が、コデックスを処分しようとしてる。コデックスの内容が魔法院には不都合すぎるから」

 ――そうなんだ。

「わかんなかったら、グレイスにも、ハーディ・ガーディ本人にも相談して。ベテルギウスが言ってたでしょう? 自分で判断しろって。その言葉をよく思い出して、ってグレイスに伝えて」

 ――わかった。相談してみる。

 わたしとフレアのやりとり、カルガモはたぶんマインドリードかけて聞いてたと思う。

「おまえたちを信用しよう」

 そう言い残してカルガモは消えた。

 

 とりあえずわたしにできる最低限の回復魔法をかけて、港町へ。

 お金はないけど、野宿ってわけにはいかない。ダメ元で宿屋に駆け込むと、意識の戻らないマリウスを見た主が、金はいつでもいいと言って部屋を用意してくれた。わたしひとから優しくされたことないから、これだけで泣きそう。

 以前、彼の部屋で介抱されたときのことを思い出した。あのときはわたし、グリアスの呪い受けて肌がただれてたから、パンツまで全身脱がされたんだ。マリウスをベッドに寝かせる。たぶん、エクスプロージョンの直撃食らってる。服もボロボロで全身傷だらけ。ズボンのベルトは苦しそうだったから緩めたけど、脱がすとなると壁がある。マリウス、よく躊躇なくわたしの服を脱がしたな。まあ、そこがお人形って言われる所以なんだろうけど。

 宿屋の主人が、大量の消毒薬と包帯と傷薬を持ってきてくれた。

「なんの怪我かはわからんが、ちゃんと消毒したほうがいい。それに薬も。放っておけば破傷風になるかもしれない。必要なら医者を呼ぶが、今日はもう無理だ。無責任なようだが、俺も忙しい。あとはあんたと、この男の頑張りを信じさせてもらう」

 と、宿の主は他の部屋の客に呼ばれて部屋を出ていったけど、これ完全にわたしがマリウス脱がす流れじゃん。

 マリウスに介抱されたときの記憶がなかったら、逆に躊躇してないと思うの。あのとき散々変態ムーブかましといて、ここで脱がすのは――って、ええい! 迷ってる場合じゃない! とりあえず目立つ傷から消毒していくしかない!

 傷は顔や手など、露出している部分はもとより、服が裂けた部分にも、服に覆われた部分にもあった。この服も魔法院から支給されたお値打ち品アーティファクトで、多少のダメージは防ぐんだろうけど、それでも多くのダメージが透過して傷を作っている。わたしは上着、シャツと脱がしてマリウスの傷を手当しながら、彼の体に関して不思議な感触を感じていた。

 男の子の体じゃない。

 それはただの直感だった。指先が触れる肌の感触や、皮膚を滑る感覚、脂肪の厚み、筋肉の量、その目に見えないデータがいくつも合わさって、方程式を解くように答えを仮定する。そういえば、以前介抱されたとき、マリウスはわたしの性器を見てもなんの反応も示さなかった。でも、同時に、女の子の体のことは何も知らなかった。じゃあ、どっち? いま触れてるマリウスの体だって、男の子とは思えないけど、じゃあ女の子かって言うと、それも否定される。胸から腹、脇腹、背中と傷を消毒する。改めて見ても、バストなんて皆無。パズルのピースがどうしても埋まらなくて、わたしの脳裏に蘇る言葉があった。

 ――あいつは命令に従うだけのデク人形。判断力はブラッド・アップル以下。同じ人間だと思わないことね。

 シシリールーは最初から彼のことをデク人形と呼んだ。ベルカミーナも。カルガモも。だけど、最初に双子原ふたごばるで戦ったとき、わたしは彼の心臓をえぐり出した。ほんの一瞬の間だったけど、人間だったのは確かだ。

「マリウス。ごめんね。ズボン脱がすね」

 傷を探して、わたしはゆっくりと彼のズボンに手をかける。その下にも無数の傷がある。下着は女性のものだ。どうして? 少しパニックになる。だけど同性ならもう迷うことはない。

「ごめんね」

 もう一度声をかけて、その布をずらすと、そこには、なにもなかった。

 マリウスは、男の子でも、女の子でもなかった。

 でも、ふっきれた。いや、自然にふっきれたわけでもなく、ふっきれるしかなかった。

 マリウスは男の子でも女の子でもない。マリウスだ。わたしは、マリウスを助けるんだ。カーサ・ギヤマの家の庭でチューリップを育ててたマリウスを、みんなからデク人形って呼ばれてるマリウスを、母親は月に帰ったっていうマリウスを。

 

 翌朝。スズメがちゅんちゅん鳴く窓辺。ベッドにはわたしの不器用な手で包帯ぐるぐる巻きになったマリウス。わたしは床でごろ寝。ベッドの上に置いてた消毒液の瓶が落ちてきて目を覚ます。マリウスが横になったまま自分の腕を見てる。ミイラみたいなぐるぐる巻きの腕。

「僕はどうなったんですか?」

 だれに聞くでもないマリウスの質問。

「おはよう。カルガモにボコボコにされて傷だらけだったから、応急処置しといた」

「なるほど」

 感情のない返事。

「なるほどって。ほかになんかないの?」

 ちょっと笑った。

 その後すぐに魔女っ子リンクでフレアに連絡して、お昼頃にはヴェルデが駆けつけてくれた。

 ベッドの上のマリウスは雑な包帯巻きのほかは何も纏ってない。ヴェルデはそれを見て照れるでもなく、わたしを冷やかすでもなく、癒やしの魔法を唱える。

「アリスロッテひとりで応急処置したの?」

「うん。無我夢中で」

「さすがだね、アリスロッテ。ちゃんと消毒できててよかった。これならすぐ回復するよ」

「そっちはどうだった? コデックス奪われずに済んだ?」

「うん。ディメンションでそのまま船のなかに突っ込んで出発させた。船の中はラゴールもテルルも手を出せないからね」

「あなたたちは無事だった?」

「うん。なんか、コデックスの情報は共有するって約束だったらしいの。それを反故にしたせいで猛烈に追い回されたんだけど、なんか急にカルガモット卿が攻撃しかけてきて、そのスキついてなんとか逃げおうせたよ」

 なんだ。あの爺ちゃん、いいとこあるじゃん。

 無事で良かったって言うと、こうなるとわかってたんなら最初に言っといてよねー、って言われて、ごめんごめん、って。

「ところでヴェルデ、お金持ってない?」

「あるけど、円だから、ここでは使えないよ」

「そっか。宿代なんとかしなきゃいけないんだけど、あとでレイチェルに相談してみる」

 ヴェルデの回復魔法で、マリウスの傷はみるみる回復。夕方にはもう、ベッドに座って話ができるくらいには回復してた。ボロボロだけど、元の服を着て。晩ごはんは――あ、朝ごはんもだけど――宿の主人が「金はいつでもいいよ」と言ってみんなのぶん用意してくれた。晩ごはん食べながら世間話して、そう言えば、って、わたしの魔法の話。

「わらひが魔法を使えらいはずっれ、太古の本に書かれれらっれ、変りゃらい?」

 お肉もごもご。

「モックスには魔法が使えないんですよ」

 と、マリウス。

「モックスに? それが――」

 と、いきなり話が核心に触れようとしたとき、ヴェルデが席を立った。

「わたし、そろそろ帰るね。明日はフレアと、スグリって子の病気を治しに行く約束してるから」

「あ、そっか。わたしのこともよろしく伝えておいて」

「わかった。ふたりは今日も泊まり?」

「あ、うん。船代とかもいるし、明日どうするか考える」

 ヴェルデはひとの過去に触れたがらない子だった。みんなと「ともだちでいつづけるために」多くを知りたくないんだという。それは過去ばかりか、現在にも及ぶ。わたしとマリウスがふたりで泊まるって聞いてもリアクションないし。

「ヴェルデはどうやって帰るの?」

「わたしとフレアとグレイスは、ハーディ・ガーディにお金もらって、ルハーマイのポータルに登録してもらっちゃった」

「えっ? じゃあ、いつでも飛んでこれるの?」

「うん。ひとり金貨7枚要求されたけど、ぜんぶハーディ・ガーディ持ち」

「金貨7枚って、7万円? いいな、お金もちってぇ」

 なんて言って「わたしたちも外貨稼がなきゃね」って話しながらグレイスはパタパタと帰り支度して去ってって、長い中断を挟んでお話の続き。

「あの、正直ちょっと混乱してるんだけど、もしかしてわたしって、モックスだったりする?」

 なーんてね。お人形にこんな冗談通じるかなあと、冗談にするつもりで、でも、変な予感もちょっと感じながら――

「ええ、そうです。両親ともモックスだと、魔法が使えないんです」

 来たかー。とも思うけど、まだ気持ちが定まらない。

「ええっと、ちょっと待って。それって本気で言ってる?」

 来たところでー。

「ええ。あなたがコジロウと呼んでるモックスがあなたの母で、父親は事故で亡くなったようですが、こちらもモックスでした」

 なにが来たんだかー。

「それはあの、モックスがよく取り替え子するって言われてるアレで、わたしもどこかの家族の子と取り替えられたーみたいな?」

「そうではありません。モックスの取り替え子と言われているものも、じつはすべて人間がモックスを生んだ事例なんです」

 思えば、トロールのボスのミロヒーゴから忌み子って言われたとき、じつはもう気がついてた気がする。

「いや、待って。モックスが人間生んだり、人間がモックス生んだりって、ナンセンスでしょう?」

 なのにいまも、認めないフリをする。

「そうですか? 人間は2万人にひとりの割合で、モックスの劣性遺伝子を持ってます。親がたまたま両方ともモックス遺伝子を持っていた場合、4分の1の確率でモックスに、2分の1の確率でデミ・フェアリーと呼ばれる症候が出ます」

「ちょっと待ってー。わかんない。わたしは? 両親がモックス?」

「そうです。こちらの原理はまだよくわかっていないんですが、そもそも人類はモックスだったんです。モックスのなかから人類が生まれると、モックスは劣性遺伝ですから、モックスと人類の間に生まれた子はすべて人類になります。そして、モックスの1年に2回の繁殖期と比べると、人類は年間に13回という速度で繁殖する。それでどんどん人類が増えて、モックスが駆逐されていったんです。魔法を使う遺伝子は、人類の繁殖過程で生まれたものだと、コデックスに記されていました」

「受け止めきれない」

「そうですか?」

 そうですかってなによ。

「ちょっと失礼かもしれないけど聞いていい? あなたは人類なの?」

「僕は月の民が作った人工生命です」

 あっさりそう言われてもリアクションに困るんですけど。最初に聞いておけば良かった。てゆーか、みんな知ってたってことでしょう? まあ、みんなお人形って言ってたし、気付かないわたしがマヌケだった説もあるけど。もうちょっとドラマチックに告白されたかった。

「うーん。てゆーかさあ。わたし、コデックス・オブ・ライフにはなんか凄い魔法の使い方とかが書いてあるんだと思ってたの。でも書いてあったのイデンシのことなんだ?」

 イデンシがなにかはしらないけど

「ええ。人類の遺伝子の完全なマッピングと役割の記述があり、いくつかの入れ替えのパターンが記されていました。おそらく人類は、モックスが自分たちの叡智で生み出した、人工生命です」

「更に受け止めきれない」

「だから人類は神を創造したんですよ。己の尊厳を守るために」

 


困惑するアリスロッテシリーズ①

魔法のアバンチュール

困惑するアリスロッテシリーズ②

処女聖アリスロッテの帰還

@sonovels
さよならおやすみノベルズという個人小説レーベルで地味に書いています。サイトで読めばタダ。Kindleで400円。 sayonaraoyasumi.github.io/storage