自分の自認の話をする。わたしは「恋に恋するAro/Ace」が簡素で気に入っている。ちゃんと話すと、「物語の恋愛感情や、二次元での性的表現に抵抗がなくて、信頼する人とは手を繋いだりハグしたりできる、生活のパートナーが欲しいAro/Ace」だと思う。
今のわたしは「自分はアロマンティックでアセクシュアルな人間な気がするけど、でももしいい人に出会ってないだけなんだったらいいのにって祈ってしまうな〜」と、(言い方が悪いけども)「所詮自分はアロマンティックでアセクシュアルなんだな。」と思う日の間をゆらゆら揺れてる。希死念慮の強い方なので自分を繋ぎ止めておくようなものが欲しいし、寂しいのが嫌でひとと生活を共にしたいのだが、今の社会だとそのポジションで安定的なものには恋愛的な意味合いが付与されていることが多くて気が滅入っている状態。
はじめてアロマンティック/アセクシュアルという言葉に出会ったのはTwitterだった。それは「恋愛、性的感情を抱かない人もいる」というような形で語られていて、そのときは「いつか創作に使えそう〜」くらいの軽い気持ちでブックマークしておいていた。そして、実際に創作に使いたい!と思って、紹介されていた本を読んだのだけれど、そこで初めて「自分じゃん」と思った。自分が他者に恋愛感情を抱いたことがないことを、特になんとも思っていなかったのに、それはどうやら一般的ではないらしいということが突然自分のこととしてわかった。22歳のときだ。本当に自分に対して違和感はなく、ぼんやりといつか恋愛とかするのか……?と思っていた。恋人がいた期間がろくにないことで、自分を後ろめたく思ったこともなかった。そこで突然現れたラベルには、思うことはたくさんあって、いろいろ悩んだりもした。今はあんまり、気にしないようにしている。
ひとの投稿や記事を見ていたら、自分の分もはっきり書いておきたくなったから、こうして示しておく。同じセクシュアリティの人が日々を過ごしているところを見ると安心したし、「ここにいるよ」って言っておきたいと思った。ここにいるよ〜。