父と賭け将棋をした日の話。

上村朔之助
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将棋を覚えたのは小学生のときだった。きっかけは忘れたが、たしか、私が8歳のときにファミコンが発売されて、友達と夢中になって遊んでいた。大人数ともなると、順番待ちになる。その暇な時間に将棋を指していたのを覚えている。毎日遊んでいると、段々と将棋が面白くなってきた。

小学生の高学年になり、親に頼んで、棋書を買ってもらった。「加藤一二三の棒銀のすすめ」というような本だったと思う。駒を並べながら戦法を学んでいると、将棋というゲームの奥深さの一端を垣間見れた気がした。父との子供のころの記憶はほとんどないのだが、将棋で対戦した、今でも忘れられない日がある。

家で将棋の本を読んでいたら、おもむろに父が、「将棋で勝ったら千円やるよ。その代わり、負けたらお年玉なしね」と言って、賭け将棋を持ちかけてきたのだ。私は少し思案した。父と将棋を指したことはない。どれくらいの棋力か見当がつかない。

私の家や親戚は、みな賭け事が大好きだ。正月に一同が集まると、その日に貰ったお年玉を賭けて、おいちょかぶやブラックジャックが始まる。小学生から大人まで参加する、忖度なしの真剣勝負だった。元旦はローストビーフが食べられて、ギャンブルでお年玉が増えるか減るか、そのような日だった。今でも従兄弟たちと会うと子供のころの元旦の話で盛り上がる。みなが共有する幸せな思い出になっているのだ。

どうせお年玉はなくなるかもしれない。それなら、今のうちに勝負してみるか。私は父の誘いに乗った。小学生にとって千円は大金だ。私はお金を得るために、これまででもっとも真剣に将棋を指した。私の棒銀は成功し、父の囲いをいとも簡単に崩壊させた。勝った。父は胸のポケットからくしゃくしゃになった千円札を盤上に放り投げた。

「もう一回」。悔しかったのか、父は再戦を要求してくる。当然受ける。勝ったらもう千円貰えるのだ。ふたりとも無言だ。パチッ、パチッと盤上の駒の音だけが部屋に響く。また勝つ。もう一回。勝つ。勝つ。勝つ。結局、私が10連勝して、懐に10枚の千円札が入ったところで、父は降参した。

父は手を抜いていたわけではなく、私よりも将棋が下手だった。麻雀はプロレベルの強さらしいが。大人になって聞いた話だが、父が大学生のとき、私の祖父と賭け囲碁で勝ったので、父は車を買ってもらったそうだ。当時、自家用車を持ってる人は少なく、男4兄弟で狭い車に乗り、目的もなく箱根までドライブに行くだけで楽しかったと言っていた。

この通過儀礼は、わが家の伝統として残していくべきレガシーなのかもしれない。息子に対戦を提案するなら、なにがいいだろう。Nintendo Switchに「スマッシュブラザーズ」というソフトがある。息子はめっぽう強い。いつ対戦しても、まったく歯が立たない。一回ぐらいは勝ちたいので、夜中にこっそり練習でもするか。まずはどのキャラにするかを決めなくては。

@tai
1975年生まれ。兵庫県芦屋市出身。10代を神奈川県葉山町で過ごす。県立横浜緑ケ丘高校卒業、日本大学芸術学部放送学科中退。映像ディレクターなどを経て、現在は成城の有閑マダムと茶飲み話をするだけの簡単なお仕事をしています。Xにて、ぴよぴよホームズ代表取締役社長として活動中。 @taikichiro