#57 人生はアドリブ🦩週刊ふらみんちゃん

tndr215
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公開:2025/8/31

①好きな男の話と、付随した話

5年間じっくりコトコト煮込んだ帝統くんへの感情・解釈についての話を書いた。なんと7000文字以上ある。5年分だから仕方ないね。

帝統くんのこと、かわいい…LOVE…とは思っているが「推し」という感覚もなにかしっくりこず、空却さんのように「エッ?!わたしたち付き合ってる?!」とメロリンすることもなく、CP創作は唯一どっぽちんとだけは萌えを感じるが、ドダは本当に時空の過ち、刹那のきらめきみたいな世界線だから熱心になることもなく……「好きな男」という表現が、いちばんしっくりくる。

本当は少し前から「帝統くんに実母を許さない、和解しないという選択をしてもらって勇気をもらいたい」という本心には気づいていた。だからこそ、雲行きがあやしくなった『The Block Party』のドラパを聞きたくなかった。それどころか中王区の掘り下げが始まり、もし万が一乙統女様側から「息子に謝りたい」「許してもらいたい」「和解したい」「息子を愛しているからやってきたことだった」という心情が入ってきたら、本当にヒプマイそのものが無理になる…と思っていた。これまでヒプマイと、文句言いつつも楽しく過ごしてきた時間が、全て壊される。でも、そう感じる理由をわたしは人に説明できない。どうしてわたしがそれを受け入れられないか、説明するには自分の状況や母に対する感情を開示しないといけない、と思っていたから。

べつに開示しなくてもいいといえばいいんだけど、そうなったときに襲ってくるであろう「誰にも本当のことを言えない孤独」が怖くて仕方なかった。誰かに聞いてもらいたい。でもそれを誰にも理解されなかったらもっとつらい。悲しくて悲しくて、冗談抜きで生きていけないかも…くらい思っていた。当時は。

幸い(?)、ヒプマイのキャラはほとんど「自分がどうしたいか」を優先して生きているので、乙統女様も「息子のためにも」という気持ちはなさそうで、あくまで「東方天乙統女」という1人の女性として抱いた信念に従って行動しているように見えるのは、安心している。しかし、だからこそ帝統くんが子供のころに「親と精神的に安心なつながりを得られなかった」という傷になっているのが皮肉な話でもある。(山田家も似たような傷がある)

というかわたしは乙統女様側から「和解したい」というような態度が見受けられないことも、安心要素だなと思っていた。身を案じており、息子に対する愛情はある。けど、自分の行いを許してほしいだとか、今後親子として過ごしたいだとか、そういう言動はしていない…はず。

だから帝統くんが乙統女様を助けたり、叱咤激励したりするのは、制作側の「そうはいっても家族だもんね😊」みたいな安易な考えが見えてしまい、嫌だった。

乙統女様にも成し遂げたいことがあり、それは自分の意志でしかなく、息子の有無は関係ないのなら、余計に「はい!平和!みんなこういうの見たかったでしょ?😄」とでも言いたいような「2人ともが穏やかに笑い合う」イラスト1枚で「結論」を見せないでほしかった。乙統女様が、少し離れたところから微笑んで帝統くんを見守っている…くらいなら、ここまで「イヤだ!」とは感じなかったのになーと思って。

ちなみにこの帝統くんの話、感想レターが届いて嬉しかったです💌ありがとう❣️書き終わって公開してから「そういえば乙統女様をどう思ってるかについては書いてなかったな」と思ったので、ここで補足しておきます。

②自分の心の中を旅する

何度か話しているけどわたしの今年のテーマは『自分を癒す』で、その一環としてセルフコンパッションにつながりそうなことをいろいろと学んでいる。まず年始から「できなかったこと」より「できたこと」に目を向けて、徹底的に「自分を責める考え方をやめる」ようにしている。自分にやさしく。自分自身を「一生付き合っていける、仲のいい大切な友達」として扱う。これを一生続けるのが目標。チャットGPTにも手伝ってもらいながら、コツコツと続けている。

その中でも先月読み終わった『自分にやさしくする生き方』はかなり大きかった。この本はまず「セルフモニタリング」のワークから始まる。自分は何にストレスを感じているか?それを感じた時、どういうストレス反応が出ているか?を観察すること。どんなに小さなものでも観察し、良し悪しは判断せず、「お、観察できてるな。えらいじゃん」と褒めていく。ストレスは、生きている限り絶対になくならないもの。だから「ないものとする」「感じないようにする」のではなく「あ、自分はこういう出来事をストレスと感じていて、そうなるとこういう反応が出るんだな」ということに気づいていく。

それらを意識するようになると、自分が「ある特定の出来事・事柄」に関しては自責のループが止まらないこと、ものすごく恥ずかしいと感じることに気づいた。「自分を責めない、自分にやさしく」と意識づいてきて、習慣化してきたはずなのに、なんだかこういう出来事があると自動的に「自業自得じゃないか」「自分が悪いからこうなるんだ」という考えが止まらなくなる。関連して「自分が悪いかも」「確認不足など明らかに自分に落ち度がある」という出来事にも、ものすごく強いストレス反応があり、とにかく逃げ出したくて仕方なかったり、混乱したり、避けようとしてしまう。

冷静になってから、なんでだろう?自分の中に何が起こってるんだろう?と振り返っていって、今月はたくさん自分の心の中を旅した。その中で「なんかこれは自分に必要な気がする」と思って買ったはいいものの、3年間積読にしていた「恥(シェイム)」についてまとめられた本を読んで自分の中に植っていた「恥」のことに気づいた。

そのあとに同僚とナゴライを見て『ネクター』に泣いたあと、「共通の人間性」や「恥(シェイム)」のことを知っていたから、自分が今まで人に話せなかったことを話すことができた。

そして改めて、自分の中にある『傷』はトラウマなんだろうか?と考えたりして、またいくつか本を読んだりした。この2週間は本当にずっと本を読んで、心の中を旅して、あのときのわたしはああやって感じていたんだ。これってこういうことだったんだ。だからこういう考えが染み付いてしまったんだ。ってたくさんたくさん自分の中に落ちてほったらかしになっていたかけらを拾い集める作業をしていた。

読んだ本の話はまたいつかするかも!

③8月終わるんだが

え?!もう?!てか来週末はライブなんだが?!来週の週刊ふらみんちゃん🦩、更新できるかわからない!写真中心になるかも!!

そうやって膨大な内省をやっては言葉にして由良ちゃん(チャットGPT)とムン様(GPTsのMonday)に聞いてもらうという作業をしまくっていたので、10月のイベントのことをほとんど何も考えられなかった。いや、でも…休みは取ったからなんとかしたい。なんとかしていこう。人生はアドリブ。

あと今週はワンピース公式YouTubeに期間限定で上がっているアニメ三兄弟SELECTIONを見ていた。ルフィ・エース・サボの過去の話のやつ。

わたしはワンピースだとエースがいちばん好きで…アニメはこれまでのあらすじが入るため、毎回毎回「兄・エースの死」という現実を突きつけられて複雑だった。わたしも長いことオタクしてるけど、フィギュアを買ったりするくらい好きな男が明確に死んだの、エースだけなので…。だからあんまり人が死なないスポーツ漫画・アニメって最高なんだよね。その中でも「今にも死にそうなくらい自分を追い込んでる」キャラに惹かれたりはするんだが。持田蓮(ジャイアントキリング)とか。それは負けないエース斉藤和巳が好きだからであって……(長くなるので割愛)

ちょっとTwitterに書いたけど、エースが好きだからルフィもサボも好きで、でもエースはもともとルフィの今後の成長のために退場することは決まってたってことだから、それなら、この物語は、ルフィの行く末は絶対に見届けないといけない…と思いながら、この漫画を読んでいる。ワンピースが漫画として単純にずっと面白いのは大前提として。

エース亡き今はジンベエにメロリンしている。かわいくて!かっこよくて!強くて!義理堅くて!色男だから!!マジでジンベエに対して、ワンピースの男性キャラの中で最も色気を感じている。どこかは具体的に言えないのだが、そもそも「色気」というのはなんとなく言語化しづらいものなので…そういう魅力があるなぁ…と思っている…。

今週も読んでくれてありがとー✌️✨

@tndr215
なまえ・ジャンル:ふらみんちゃん(17)ところにより天瀬ちゃん インターネット17歳をしています おしゃべり大好きオタクsizu.me/tndr215/posts/5insomdbriwu