2024年6月の日記(更新中)

2024/06/14

●ちょっと疲れたので、まとめて何日分かの日記を書く。日記を書くことで元気になる、ということの理由はまったくよくわからないけれども。●知人のNさんがひっそりTumblrに投稿していた日記を読んでみると、まったく元気がなさそうだった。その日記いわく、Tumblrのデザイン(あんまりみんなに読ませようとしないしずかなつくりになっているところ?)のために、元気のないときはTumblrに文章を書くことになるらしい。●日記を書いてみてわかったけれど、最近は夜に予定をいれがちだったから、少々疲れるのも仕方ないことだったかもしれない。それに今日は無理やり原稿も進めているし。

2024/06/13

●夜、SF大会の企画の打ち合わせをする。「リリックとしてのSF」という企画の準備をしており、企画内容は申し分なく面白いことになりそうである。一点困っていたのが、最初に割り当てられていた時間帯が26時までの枠であったことで、その時間はまったく起きていられる気がしなかったので、焦った。結果的にどうにか23時スタートの企画になったので、よかった。●とはいえ、当日はみんな元気で、自分もふくめ結構起きていることができるのかもしれない。

2024/06/12

●昨晩芝居を見てからどうやって帰宅したのか思い出せない、とひとしきり悩んだけれど、芝居のほうが夢だった。舞台のまわりに白い幕がたらしてあって、その幕をかきわけながら鑑賞するへんな芝居だった。知り合いの恋人(わたし自身は会ったことはないが、文章を読んだことがある)が出演していた。

2024/06/11

●夜、唐突に銀座にでかける。Oさんといくつかの建築を見学して回ったあと、銀座のサイゼリアで食事をする。演出家の知人も合流して、演劇についていろいろなことを教えてもらいたいへん勉強になった。

2024/06/09

●クリストファー・ノーランの『インセプション』をAmazon Primeで見る。たぶん前にも見たことがあるはずなのに内容をまったく覚えておらず、最後のシーン(トーテムが回り続け、そのシーンが夢である可能性をほのめかされるところ)で思いっきり考え込んでしまう。(当たり前のように)面白かった。また、作品内で数十年を一気に経過させると途端に物語のスケールが大きくなって、高揚する。●本作がこれだけの長尺となったのは、サイトウから依頼されたビジネスのミッションに応えるというプロットと、かつて自死した妻の記憶と対峙するというプロットが絡み合っているため。前者だけだとあまりに物語の情感として味気なく、しかし後者だけだとひたすら内省的になってしまうので、こういうつくりにせざるをえなかったのだとわかるが、絡ませ方はいびつなつくりになっていると思う。

2024/06/08

●とくに理由なく福生にでかける。超アメリカンでクラシックなダイナーでハンバーガーをたべ、エスニック食品や駄菓子をわあわあと買った。食料品の品揃えが基本的にへんてこなので、定期的に福生に行くとよいかもしれない。

2024/06/07

●チェルフィッチュ×金氏徹平『消しゴム山』を観劇する。こんな前衛的な作品なのにわりとオーセンティックな箱いっぱいに人が入っており、素朴に驚いてしまった。わたしは観劇そのものはかなり苦痛に感じたが(2時間半、ドラマのない空間の継続するなかに身体を閉じ込める!)、あとから分析的に思い返すと確かに面白いと思う箇所が多かった。面白いのだけど、さすがに、オーセンティックに客を座席に縛り付ける見せ方をする必要はないのではないか……。個人的には、ずっと客電をつけておいて、飲食や座席の移動、ストレッチや読書や昼寝が自由にできるような感じで鑑賞してみたかった。

2024/06/06

●「虎に翼」ストーリー展開がこれまでよりだいぶ穏やかになってきた。生活になじむ程度の劇的さ。あんまりドラマとかTV番組をリアルタイムで見てこなかったけれど、こんなふうにフィクションが日常に並走するのは不思議なかんじだ。15分なら休憩がてら見られるし。●東大の学費値上げにたいする反対運動。学部生の終わり際、銀行口座に数千円しか残っていなかったことを思い返しながら、めらめらともえる怒りと共に賛同する。「地方出身の女子学生の場合、実家から通学する方や、男性など住居等のセキュリティリスクの低い方とは異なる経済的困難が明白に存在します。学費値上げは、東京大学が取り組んでいるとされる女子学生の進学推進にも逆行します。適切な議論なしに値上げを決定しないでください。」●個人的な経験からこういう投稿をしたけれど、より根本的な問題は、学業と学生の家族との関係を切り離すためには学費は低くなければならないということだと思う。親との関係がものすごく悪い学生だけではなく、親との関係がたとえわるくなくても、たとえば「経済的な自立」という(一見するとまっとうな)幻想を内面化してしまう子どもは多いだろう。●奨学金の申請手続きは発達障害気味の学生には恐ろしいほど困難であるということについても、ほんとうはもっと声を高くして言いたい。しかし自分が発達障害当事者であるのかよくわからず(たぶん診断としては該当しないだろう)、またわたしはギリギリ申請手続きを(なんどか再提出しつつ)どうにか乗り越えられたので、問題を明言できない。奨学金だけでなく、学振などで研究の資金を交付してもらうにあたっての手続きも異様に複雑化しているが、これが意味するところは発達障害者はたとえ一般の人より飛び抜けた研究能力を持っていたとしても、まともに学び研究することがほとんど不可能になっているということだろう。そして官僚的な人間ばかりが生き残っていく…。

2024/06/05

●帰宅するときに空腹なのにつけこまれて、ばったり出会ったひとに誘われ、うっかり食べ放題のお店に行ってしまう。いつもは涙ぐましい努力で自炊に励んでいるというのに、空腹はいとも簡単に判断をくるわせる。●手料理は愛ではなくてサバイブするための鋭利な武器だ。わたしは料理がかなりうまくできるけれど、これはみずから材料を買いもとめて料理せざるをえない貧しさを長いあいだ生き延びてきたから獲得した鋼のごとき能力である。●さまざまにやることがあり、混乱している。混乱していると、重要度の低い案件からつぎつぎ、ところてんのように押し出されてなし崩し的に捌かれていく感じがする。重要度の高い順のところてんであってほしいのだが…。もう少しきちんと仕事を管理しないとまずいかもしれない。●「ふくやま美術館の特別展「イタリアと日本の前衛 ―20世紀の日伊交流」の図録を読んだ。国境をこえた作家同士のあかるく親密な関係性が、作品や書簡をつうじてつぶさに浮かび上がるのが愉しい。6月2日までの展示。」5月30日にTweetしたこの図録は送っていただいたものだ。ふくやま美術館はじつに実家から徒歩15分くらいのたいへん身近な美術館であり、そこに地元出身ではない友人が勤めている。彼女がおそらくはじめて企画した展覧会。結局、展覧会に合わせた帰省を計画することはかなわなかったが、しみじみと図録を読んだ。いよいよ、自分たちの世代がいろいろなものを精力的につくる年代になったのだなと感じる。

2024/06/03

●インスタグラムで友人があげているごはんのスクショをとって、べつの友人に共有する。どうも新生姜なるものは肉巻きにしてたべるとよいらしい、そんなお料理はつくったことがない、などと言いながら。「というか、スクショ晒して食材の噂するって、平和すぎない?」

2024/06/02

●昨晩は、奥泉理佐子さんと恒例?のスペース配信をする。病気のこと、購買や贈与のこと、漂着物について、羅列と制作、寺山修司の質問、舞台と正面性、などなど。他愛ない雑談から、意図しないままふと制作の話にうつるグルーヴができてきた?ような感じがする。●原稿がある。べつの仕事もはじまろうとしている。頭ががやがやと忙しいけれどもうれしいな。●古典をちゃんと面白がれないときがっかりする。やっぱり古めのSFはなかなか厳しい。評論を読んで面白そう、と飛びつくと文章がひどくて読み続けられないことが多い(怒られそう!)。古めかしいからではもちろんなくて、そもそも美意識がない感じがする。たぶんSFがまだ文学ではなかったとき、その在野らしさが支持されていたのかな。しかしオーソドックスな文学性(文章の良さ)をもとめてしまうわたしはオールドスタイルな読者なのか…。購入した古本がやけにかびくさいのもあって気分がちょっと沈む。

2024/06/01

●わたしのいまの仕事のひとつを肩書きにするならば「事典編集者」ということになると思うが、これはレーモン・クノーの仕事とまったく同じだ。よろこばしい。もっと事典をつくりたいな(ふつうの本より編集はたいへんだけれど)。●本文組版のためのインデザインの利用と、装丁デザインのためのイラレの利用は、実務として分業されている(前者は印刷会社のオペレーターさんが、後者は装丁デザイナーさんが、担う)。編集者の立場からすると本文組版のソフトが扱えるほうがシックで格好良いと思うが(そもそもすでに組版のことはわかっていてインデザを外注しているだけだし)、編集の工程を考えると、本文組版を赤字によっていちど他者のものにするという遅さの捻出は結構だいじなことだと思うので、たぶんこの工程は他者とともにあるほうがよい。だとしたらイラレを触れるようになるほうがよいのかもしれない。でも、そもそも装丁が過剰にデザイン的でグラフィカルであることの必然性は、資本主義的な理由をのぞいてあまりないような気がしており、イラレがなくとも、文字や紙やインクをていねいに扱うことで美しい本はつくれるようにも思う。●組版の技術を勉強するならばインデザインに依存しないフレームワークを学びたいかもしれない。組版という民主化された技術が、ひとつのテクノロジー私企業のソフトウェアに寡占されているというのはあまり納得がいかないから。さいわいコーディングはわりとできるので、たぶんなにか使える技術があるはずだ…。

@ukaroni
羽化とマカロニ。本、映画、展示のこと…(彼女は、まるで足に小さな翼を持っているように歩いた)