この本は、もうずいぶんと前から本屋に並んでいる本だし、Amazonでも万単位の評価がついている(にも関わらずスコアは4.5)名著である。きっかけはやはり本屋で、目次を眺めたときにいろいろ思い当たるところがあり読んでみた。
読了はすでに2週間以上前なのだが、しばらく感想文が書けなかった。もちろん本業が忙しかったからというのも一因だが、それ以上にこの本は読んでいて「思い当たる節がありすぎて辛い」と思わされる場面が多々あったためである。
そういった現実から目を逸らして感想文も書かないまま終えてしまおうかなと思っていたが、読んだ事実は変わらないのでこの文章を書いている。2週間が経過したということもあり、記憶は若干薄れている🙏
読後の感想
この本はアドラー心理学について解説された本であり、終始哲学的な言い回しが続く。書いていることが難しかったり哲学的すぎて理解が追いつかない箇所が多々あり、正直まだ咀嚼しきれていないと感じている。
共感した点
「原因論」と「目的論」
冒頭にかかれているこの話で、既に自分の視野が広がった内容。
自分も「あの時のあの失敗のせいで」とずっと過去の失敗を引きずりながら生きている自覚があった。
実際には失敗が原因ではなく、その失敗を原因にしたくなる目的が別にあるのかもしれない
変わらない自分への言い訳として「もしもYのような人間になれたら」といっている
身の回りにいる、いわゆる「デキる人たち」は自分にはない高い能力(大抵はコミュニケーション能力)があるからデキる、自分にはそれがないからできない。それを声高に言うことはしないが、なんとなくそういうものだと頭の中では考えていた
この本曰く、どうやらそれも「変わらないこと」を選択するための言い訳に過ぎないらしい。
「共感した点」に書いたが、正直まだ全てについて納得できてはいないかもしれない
(自己肯定感が著しく低い理由は)他者から嫌われ、対人関係のなかで傷つくことを過剰に怖れているから
やめろ哲人 その術は俺に効く
本に登場する「青年」のように、ついはぐらかそうとする感想を書いてしまう
他者の課題には踏み込まない
本を読んだときにとても納得したものの、つい先日も他者の課題に踏み込んでしまいモヤっとすることがあった。
なかなか思考を変えることは難しいが、線引きする習慣をつけていきたい。
ほめてはいけないし、叱ってもいけない
特に「ほめる」ことに対して、自分が持っていた違和感が言語化されていた
「行為のレベル」と「存在のレベル」
人生とは連続する刹那
共感できなかった点
人生は他者との競争ではない
そう考えた方が幸せになれるのは事実かもしれないが、少なくとも現実はそうなっていない
突き詰めると資本主義の世界で生きている限り、競争からは逃れられない気がする
自分は「バクマン。」のような世界観が好きなのだが、それすらも否定されたような気持ち
人から評価されて、それがお金になって、お金があることで生活ができている
競争をやめてしまうことは、生きることを諦めることとイコールなのでは?
「あの人」の期待を満たすために生きてはいけない
だとするとなんのために働くのだろう
後ろの方に書いてあった。他者貢献して「わたし」の価値を実感するためらしい。
君はなぜ働くのかと対立軸にある気がする
あの本には「まず目の前のお客様を満足させろ」的な記載があったような...
いや、必ずしもそうではなかった気もするのでもう1回読んでみる。
「自由とは、他者から嫌われることである」
その自由は自分にとって幸福感を感じられるものなのだろうか
メモ
この感想文を書くために改めて本を読み返してみると、新しい気付きがたくさん見つかった。この本は時間をおいてから繰り返し読むと良いのかもしれない。