前回の投稿に引き続き、2024年に読んだ本の中で良かったものを紹介します。今回は特に良かった1冊と、良かった5冊を選出しました。必ずしも今年刊行されたものではなく少し古い本も一部含まれている点をご承知ください。
「確率思考」 アニー・デューク
2024年に読んだ中ではベスト。自分のこれまでの価値観が崩される感覚でした。
あなたが去年下した最善の決定を思い出してみよう。次に、最悪の決定を思い出してほしい。おそらく、最善の決定として思い浮かべたもののあとには良い結果が続き、最悪の決定のあとには悪いことが起こったはずだ。
(中略)
結果と決定の質を強く結びつけすぎると日々の意思決定に影響が出て、やがて広範囲にわたって破滅的な結果さえもたらしかねない。
アニー・デューク. 確率思考 不確かな未来から利益を生みだす (p.13). 日経BP社. Kindle 版.
こうした問いかけからはじまる本書では、人間による行動と結果の学習サイクルの中で結果が不確実な挙動を示すとき、いかに行動の評価と再学習が困難かが語られます。つまり、結果が運によるものなのか能力によるものなのかを区別することが、人間はそもそも不得手なのです。例えば赤信号を渡って事故にあわなかったとしても、それは本人の能力が優れていたからと思う人は誰もいないでしょう。それは赤信号を渡る行為が事故のリスクが高く、たまたま運が良かっただけということを過去の経験から知っているからです。でもそれが事業の施策決定や日頃の他愛もない判断だとして、経験に乏しかったり結果の成功確率を見積もることができなかったらどうでしょう。それが運が絡む確率的挙動を示すものであるという自覚すらなかったら、たまたま出た結果を人間は鵜呑みにしてしまいます。プロセスと結果は基本的に分けて考えなければいけません。
元プロポーカープレイヤーであり認知科学の博士過程まで進んだ著者ならではの視点から、判断は問題なかったのに結果が悪かったせいで過去を悔やむCEO、迷信や気分に流されてしまいがちな下手なポーカープレイヤーなど、様々なケースとともに不確実性の伴う意思決定とその経験からの学ぶ危険性が紹介されます。原題"Thinking in Bet"からも分かるように、あなたが意思決定するときに、ある選択をした未来の自分と、別の選択をした未来の自分で、どっちが得をするだろうか?いま身銭を切って賭けるとしたらどちらの成功に賭けるか?その賭けが成功or失敗したときに、あなたの賭けは本当に正しかったのか?そうした不確実な状態での意思決定の質を高めていくための本です。
なお、本書のワークブック的立ち位置である同著者の「How to Decide 誰もが学べる決断の技法」もオススメです。
「BUILD 真に価値あるものをつくる型破りなガイドブック」トニー・ファデル
AppleのiPodやiPhoneの開発を率いたのちNestを起業した著者の、プロダクト開発に関するあらゆる教訓が詰め込まれた本書。こうしたプロダクトやサービス開発にまつわる本は色々と出版されていますが、本書はその中でも飛び抜けていると感じます。以前読んだ「ピクサー流 創造するちから 小さな可能性から、大きな価値を生み出す方法」に匹敵するほど。iPodやiPhoneの開発秘話として読む分にも面白いのが、本当にずるい。そして、プロダクト開発における金言が詰まっており、特にスタートアップに関わるエンジニアやマネージャーなど全員にオススメできる1冊です。
「BIG THINGS どデカいことを成し遂げたヤツらはなにをしたのか?」ベント・フリウビヤ, ダン・ガードナー
建築やITなど世界中のあらゆる大規模プロジェクトの成功/失敗事例を収集および分析し、共通する要因を紐解いた1冊。プロジェクトのそもそもの立案理由から、政治家などのステークホルダーの関わり、金銭的余裕、プロジェクト推進者の過去の経験値など、どれも納得の行く理由ばかりで、社会人ならば誰しも少なからず経験のあるものばかりで耳が痛くなります。
「経済評論家の父から息子への手紙: お金と人生と幸せについて」山崎元
今年亡くなられた経済評論家の山崎元氏の遺作。ちょうど大学に進んだ頃の息子さんを持つ著者が、現在の社会の構造や経済的観点から現代をどのように生きるべきかをアドバイスする形で書かれています。いかにリスクを取りながらリターンを最大化するかといった投資にまつわる話から、人生を楽しむためのちょっとユーモアにあふれる話まで、山崎さんらしい軽妙なタッチで書かれています。内容もさることながら、説教臭くないのが本当に良いです (同時期に読んだ、別の親から子への本と比較して……)。
「まったく新しいアカデミック・ライティングの教科書」阿部幸大
大学の課題レポートから論文に至るまで、学術的な文章の書き方とその考え方を徹底的に解説した1冊。いわゆるパラグラフ・ライティングといった作法的なところから、主張とそれを補助する論理の構築方法、そして自分が表現したい主張はどのように生み出すのかというところまで、個人がある対象について考え主張し文章として表現するに至るすべてがカバーされています。自分も大学院での研究活動の中やいくつかの書籍などで断片的に学んできたアカデミック・ライティングですが、もっと早く本書があればと思わざるを得ないです。
「はじめて考えるときのように」 野矢茂樹
考えるとはなんだろうか、と哲学者が問うた1冊。優しい語り口で中学生でも読めるくらい易しく書かれた本書は、それでいて本質に迫る鋭いフレーズがいくつもあり、個人的に心に強く残りました。ここでは本書の文章を引用しつつ、いくつか触れておきたいと思います。
問いを問わなければいけない
問いを考えるとは「問いを問わなければいけない」。つまり与えられた問いに対して何を答えるべきなのかという新たな問いを立て、それを問いたりまた新しい問いを立てながら元の問いを洗練させることで、螺旋を描きながら元の問いの答えに近づいていく。
問題の発生はそれを問題たらしめる秩序がそこに見てとらえていることと結びついている。そして、その秩序を破るものとして問題は現われ、ひとは破られた秩序を取り戻そうとして問題にむかっていく。だから、完全な秩序のうちに生きているのでもなく、さりとて秩序を求めずに生きることもできはしないぼくたちの前に、たえず問題は現れてくる。
問いに対して「そういうものだから」と言ってしまっては、そこから先に何も進まない。問いに対して何らかの理由であったりそれが成り立つ論理や秩序があることを仮定することで初めて、問いが問い足りうる。疑問が生まれ解決することで新たに秩序がもたらされ、そこから逸脱するものが出てくるとまた問いとして考え始める。
そうした考えることを考えるきっかけとなる1冊です。