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不調の秋とミントティー

柔らかなワニ
·
公開:2026/9/8

秋はうれしいが不調も起こる

7時半に目が覚める。やはり、着実に朝起きれるようになってきている。うれしい。

3日前くらいから喉がいがいがしており、昨日は少し咳も出ていたのだが、起きた瞬間も喉に違和感があった。そして、その違和感が外れた。大きな膿栓が取れたのだ。ここ数日喉の調子が悪かった原因って、もしかしてこれ!?

喉(というか扁桃腺)の調子が悪いから膿栓ができるのか、膿栓が詰まるから喉の調子が悪くなるのか、私にはいまいち判別がついていない。秋は嬉しい季節だが、それはそれとして寒暖差・花粉・気圧などで体を破壊しにくる季節でもある。現に喉は違和感があるし、昨日からくしゃみが止まらなくなっていた。身体、健康であってほしい。

今日は舌先にも違和感があった。おそらく、下の先に小さい口内炎みたいなものができている。口内炎用の塗り薬を舌先に塗り広げると、薄甘いミント味と舌先に膜が張った感覚になって面白かった。この感覚、知っている。花椒で舌先が痺れているときの感覚だ。まさか下に口内炎用の塗り薬を塗ったときの感覚と、花椒で舌先が痺れたときの感覚が同じだとは思わなかった。舌を眺めながら「最近きちんと歯を磨いているし、どうせなら舌も磨いてみたいな」と思う。舌磨きってどうやるのだろうか。歯ブラシ的なものを使うのはわかるのだが、舌磨きジェルなども必要なのだろうか。今度ドラッグストアに下見をしに行こう。

皿を洗ってヨーグルトを食べ、ラジオ体操をする。ごみを捨てに外へ出ると、かなり強めに雨が降っていた。雨ってどうにもテンションが上がらない。なわとびもできないし。

手帳にここ数日の記録と今日こなしたいことをメモし、金曜から日曜の日記をつける。日記をつけおわった頃には午前中が終わっていた。おかしい。時間の流れが早すぎる。数日分の日記を合わせると大体7000文字くらい書いているので、時間あたりの文字数に換算するとそんなに変な時間経過でもないのだが、毎回「日記を書いただけで午前中が終わっている!」という気持ちになる。

カレーは冷えていてもおいしい

窓の外を見ると、雨が上がっていた。アスファルトも乾いている。

お腹が空いたので、昨日の残りのカレーを食べる。以前ツイッターにて「カレーにゼラチンを入れるとカレーが綺麗に剥がれて掃除が楽」という投稿を見たので試しに小さいゼラチンを一袋入れてみたのだが、それゆえか冷えてぷるんとしたカレーが鍋の中にあった。横着して、加熱しないまま温かいごはんの上に冷えたカレーをどて、ぼて、と乗せる。

DSのひつじ村というゲームがある。作物や家畜を育てて己の牧場を大きくしたり、それらを食べたり、近所の村の人と親交を深めたり、はたまた結婚して子供を作ったりするゲームだ。このゲームでは料理を村人に振る舞い親交を深めることができるのだが、村の羊飼いの少年にウサギのシチューを持っていったときに「夜中にキッチンに忍び込んで冷えたシチューを食べるのが好き」という旨のセリフがあった気がする。冷えていてもカレーはおいしかった。

ごはんを食べたりしながら、NHKを見る。

マンマルコガネという丸くなる虫と旋回橋という橋が紹介されていた。

登場した家のいろんなところに食糧庫があり、さらに焼いたパンを乾燥させて保存していたことに驚いた。日本だったら乾く前にカビてしまいそうだ。固くなったパンを切るための専用の機械もあり、紙の断裁機みたいだった。ジェラトリアという言葉も出てきて「なんぞや?」という気持ちになった。どうやらジェラート屋さんのことらしい。

365日の献立日記、5分かつ隙間時間に見るのが楽しくて好き。

加工していない石を積む穴太衆(あのうしゅう)が紹介されていた。

川崎には事故を減らすために車通りが多い道に「あっ!」と書いてあることがあるらしい。見てみたい。

災害救助犬って民間でしか扱っておらず、ゆえに公的機関と連携が取れなくて救助に入るのが遅くなり、生きている人を救助できていないっぽい。なんとかなってほしい。

生活が先、エンタメは後

ごはんを食べ終えたら妙に眠かった。今日は車屋に車検証を取りに行く予定があったので、ラジオを聴きながら車屋まで向かう。車検証の受け取りとシールの張り替えは一瞬だった。

聴いていたラジオ。元々見たいと思っていた映画である「インターステラー」が愛の話という語られ方をしていて、俄然興味が湧いた。

ラジオは「エンタメを語る・楽しむためには生活の基盤がしっかりとないといけないよね」という締められ方をされていた。この終わり方はあまり好きではなかった前回と同じ結論ではあったのだけど、全く嫌ではないというか、とても面白かった。

おそらく前回は「結局エンタメを楽しんでいくには生活を制度なりなんなり整えていくしかない」という雰囲気の言葉に「天才!」みたいな返しがされていて、それが好きじゃなかったのかな〜と思う。私も友達間で「天才じゃん!」みたいな言い合いをしてしまうけれど、なんだかそれを人に見えるところで、しかも考えたらわかるような帰結に対して言われたのが好きではなかったんだろうな〜。

今回は映画「セッション」や「Michael」に「偉大すぎる才能とはささやかな幸せを奪っていくこともある」とゲスト2人で言及した上で、池田エライザさんが「スターはあらゆるものを犠牲にしている(からあなたも勉強に励みなさい)」みたいなことを言われたときに「絶対犠牲になんてしてやらない!」と反発し、自分は生活を蔑ろになんてしない、仕事と生活を両立できていると喜びを感じるという話が語られる。そこからの帰結が「エンタメを楽しむには生活基盤の形成が必要」という帰結に落ち着くので、話の流れがきれいという点も喜ばしかったのかもしれない。

ラジオを聴きつつ車屋から帰宅していたところ、白いシーズーのような犬がいた。毛量のせいか、尻があまりにも大きくてぷりぷりしていた。

午後の作業のお供、最適解のひとつ

お湯を沸かして、先日業務スーパーで買ったミントティーを淹れる。

最近の午前中はカフェオレを飲みながら作業を行なっているのだが、午後もカフェオレを飲んでしまうとカフェインを取りすぎてしまうのでは、と恐れている。なので、1日のカフェオレ摂取量は1.5〜2杯程度に抑えているのだが、それはそれとして作業のお供の飲み物は欲しい。そこで、今日行き着いたのがミントティーだった。

ミントティーのパックを開けてみると、中には紐のないティーバッグが詰まっていた。ミニチュアの麦茶パックみたいだ。明らかに麦茶と違う点は、パックからすでにミントの香りが放たれていることだろうか。お湯を注いで、そのまま作業机の上へと持っていく。

ミントティーを飲みながら作業をしたのだが、これがかなりよかった。まず、口の中がスースーして面白い。気持ちもリフレッシュする。次に、カフェオレより喉にいい気がする。荒れかけの喉にやさしい。そして何より、カフェインが(おそらく)入っていない。午後の作業のお供にぴったりだった。

作業がひと段落したので、読もうと思って溜めていた記事を読み漁った。


「みつあみこ」という漫画がかなり気になる。叔父が読んだ月刊誌や週刊誌を回し読み用に実家に置いていくことがあり、それで途切れ途切れに知っている漫画がいくつかあるのだが、「バニラスパイダー」は確実にそのときに読んだ漫画で、当時の記憶が蘇ってきた。

このなかで読んでいるのは「月曜日の友達」と「夢中さ、きみに。」。どちらもすごく面白かった。特に「月曜日の友達」は大学の友達が貸してくれて読んだので、かなり思い入れがある。

その子は乙一の「暗いところで待ち合わせ」とかも貸してくれた。貸してくれた「暗いところで待ち合わせ」は黄色い装丁だったのだが、読み終えて本を眺めていると、黄色いカバーの後ろからうっすらと透けた顔がこちらを見つめていることに気がついた。怖かった。どうやら、本来のカバーはややおどろおどろしい人の顔が印刷された暗い表紙で、その上に黄色いカバーが更にかけられている「ダブルカバー」という作りになっているっぽかった。詳しくは本の内容のネタバレになってしまうので言及できないのだが、顔が透けて見えるアハ体験みたいなものが本編と合致している気がして、妙にいい読書体験だった気がする。あの透けは、意図して行われていたのだろうか。

先日、本屋で「暗いところで待ち合わせ」を見かけた。装画が変わっていた。マンガタッチのイラストで女性と男性が描かれた表紙になっていた。

もちろん、マンガタッチのイラストが悪いわけではない。けれど、当時の私の読書体験と似たような体験をする人がいないということが、そして「暗いところで待ち合わせ」をアピールしたいティーンや若者の層から外れたということが、妙に寂しかった。歳をとるということは喜ばしいことでもあるが、同時に別れを重ねていくことなのかもしれない。

私だったら5巻以内の完結漫画として何を挙げるだろうか。「ネムルバカ」(1巻完結)とか「ワンルームエンジェル」(1巻完結)とか「群青シネマ」(2巻完結)とか「野々山女學院蟲組の秘密」(4巻完結)とか……? 漫画は実家に置いてきてしまったものも多いので、今度帰ったときに本棚を見返したいかも。

調べたら新装版もあった。値段がかなり上がっていたけど、旧版となにが違うのだろうか。

括りとしてはBLなので人は選びそう。性的要素は0ではないものの、性行為はなかった気がする。


面白かった。たいして使うわけでもないのに、文房具の話って好きだ。手書きのぬくもりときらびやかさがほどよく同居しているし、ガジェット的なうれしさもある。私はそんなに丁寧じゃないから、文房具の数を揃えても結局、宝の持ち腐れにしてしまうのだが。結局みんな早さを求めた結果アナログに回帰してるのが面白かった。出力ってアナログの方が早いときがある。あとこの記事を読んだらレターオープナーが欲しくなってしまった。それこそたいして使うわけでもないのに!


「映画が流れてるバー」←かなりしゃらくさい存在。それはそれとして、私だったら何を流すかな〜と考えたときに、かなりウォン・カーウァイ作品を流したいな、と思った。「ニュー・シネマ・パラダイス」もいいけど、あれはエンニオ・モリコーネの音楽ありきで郷愁の念に駆られる作品であり、音楽なしで映像だけ流すんだとやっぱり「ブエノスアイレス」がいいな。邦画はあまり「映像美!」ってタイプの映画が少ないので(私が見ていないだけかも)いっそそこそこ古めの作品である「秋刀魚の味」なんかがいいかも。「ジョン・ウィック」もいいかもな〜。一作目しか見てないけどあんまり主人公が喋らないし、画がかっこいいし、なんかこう……割と映像がずっとサビっぽいと思う。

一瞬考えたのが「君の名前で僕を呼んで」だ。確かに映像は本当に綺麗なのだけれど、音声なしとはいえバーの背景映像として流れる映画内で男と男がセックスしてたら普通に気まずくない?と思い除外。いや、どの性別の人がセックスしていても気まずくはあるのだが。


柚木麻子のインスタを見ていたところ、発見。元々インスタのことはよくわかっていないし今もよくわかっていないのだが、最近はくどうれいんと柚木麻子と児玉雨子のストーリーを見るためだけに、1日1回インスタを起動している。

3人は「柚木麻子with Journal2」というユニット名で、ライブ活動もされています。

柚木麻子とでか美ちゃんはわかるけど、朝井リョウがライブ活動を!??!? 逆に朝井リョウのことが気になってきた。目にする機会は多いものの、実は触れたことのない作家の一人だ。

つんく♂が手がけた校歌があるらしい。気になる。のど自慢大会で優勝したかった柚木麻子もかなりいい。「マジカルグランマ」という柚木麻子の小説があるのだが、これはそういう目立ちたがりな柚木麻子だから書けた物語なのかもしれない。あと推しとの距離感についての話が実感を伴っており、すごくよかった。

この連載は第4回まであるらしく、第3回は9月9日、第4回は9月11日に公開予定らしい。楽しみだ。


かろやかで読みやすくていい文章だった。酒を飲むことは筋トレにも似ている。私は酒がほどほどに飲めて、かつ全然お酒を飲まずとも生きていけるタイプの人間だ。嗜好品としての酒がたま〜にあったらうれしいかな、というくらい。

しかしこの「たまに飲む」というのが曲者で、飲むたびに「あれ?こんなにお酒に弱かったっけ?」と思うのだ。きっと飲酒にも飲酒筋なるものが存在して、定期的に飲んだり酔っておかないと、その筋肉が衰えていくのだと思う。

きっかけの日、いいクラフトビールを吐き散らしたことで「こんないい酒をすべて無駄にしてしまった、酒神様(さけがみさま)に申し訳ない、おれは飲酒者(いんしゅしゃ)の資格がない」と心から悔いたのだが、高くていいビールをたまに楽しむことでその贖いとしている。※カッコ付きのことばはおれが考えた概念

特に好きな箇所。完全に同じかはわからないが、似たような気持ちになったことがある。いいお酒を飲み、おいしいご飯を食べたのちにそれを吐き戻してしまうと、とてつもない罪悪感に駆られる。こんなにいいものを無駄にしてしまった……己の血肉にできなかった……という申し訳ない気持ちになるのだ。

でかい筋肉にはそれだけで圧がある

小腹が空いたので卵を茹で、にんじんをレンチンしてサラダを作る。作ってみたいにんじんサラダがあったのだ。

卵は5個茹でて、お腹が空いていたので2個食べた。2個はサラダに。余りの1個はこれから帰宅する配偶者の分とした。

出来上がったにんじんサラダはものすごくおいしかった。にんにくが入っているのがいい。卵に、サラダと同じソースをつけて食べてみた。十分おいしいが、にんじんが入ってこそ完成する味でもあった。すごいバランス感覚の上に成り立っているサラダだ。

配偶者が帰ってくる頃になると、妙に眠かった。あまりに目が開いてなかったのか「ひと眠りするといいよ」と言われ、布団で毛布にくるまる。眠ろうとしたが、なかなか眠りにつけず1時間ほど横たわる。諦めて晩ごはん(前回に引き続きカレー)を食べたところ、目が覚めた。エネルギーが足りてなかったのかもしれない。

ごはんを食べながら音楽番組を見た。配偶者はテレビ、特に音楽番組が好きだ。

AKBのセンターの子に対して配偶者が「笑顔がでかい」と言っていて、その表現が感覚的ではあるもの妙に的確でいいな、と思った。ダンス以外に表情管理までが的確で、顔の筋肉がよく動くから笑顔に迫力(スター性やカリスマといった、人を惹きつける圧)がある、という話なのだと思う。

配偶者は私にとっては思いもよらない言葉と言葉を繋ぎ合わせることがあり、そのセンスがかなり好きだったりする。驚きがあるし、口にしたときに面白みがある。短歌とか向いてそう。私も短歌に挑戦したことがあるのだが、これがもう、本当に全く向いていなかった。全部説明したくなってしまうのだ。全部言葉にすると、今度は短歌としての面白みが失われてしまうのだった。

この音楽番組ではT.M.Revolutionが「HOT LIMIT」を歌っていた。西川貴教は見るたびにムキムキ度が増しているな〜と思いながら画面を眺めていたのだが、バックダンサーをしている別アーティストの1人が西川貴教に負けないくらいムキムキで、しかも上半身はHOT LIMIT衣装オマージュらしき服を着ていて迫力があった。画面にムキムキの人が2人以上いると、圧がすごい。顔がよく動く人に対して「顔がうるさい」と言うが、筋肉は動かなくともそのうるささに匹敵するような圧がある。筋肉がはち切れんばかりのエネルギーが、画面越しに伝わってくるのだろうか。

ビブラスラップ

ごはんを食べたのち、配偶者にパソコンの設定などをしてもらいながらラジオや音楽番組を流した。

時間がなかったから1.5倍速とかで聞いてしまったけど、もったいなかったな〜。今度は余裕を持って等速で聞きたい。

オリジナリティを出すにはシルエットが大事で、マイケル・ジャクソンはそのシルエットをたくさん持っているという話が面白かった。

聞き流すのにほどよくうれしかった。泰葉って初代・林家三平の娘だったんだ、とかHALCALIってRIP SLYMEの人がプロデュースしてたんだ、とかいろんなことに驚いたりもした。「フライディ・チャイナタウン」を改めて聞いて「この曲にビブラスラップ入れましょう!」って提案した人、すごすぎるよな……と思ったりもした。「カ〜〜〜ッ!」と鳴るビブラスラップ、明らかにフックだ。私の普段の生活だと、水戸黄門以外では「フライディ・チャイナタウン」でしか聞く機会がない。米津玄師の「Lemon」の「ウェッ」くらいのフックがある。

さまざまな動画を見て、23時頃に「布団にいかないの!?」と配偶者に対してぷりぷりと怒り、歯を磨いて布団へと入った。日付が変わってから就寝。