◎まえがき
久しぶりに風邪を引いた。前回風邪を引いたのはNCT WISHがデビューしたすぐあとだったので、長い時間が経ったなと思う。夏らしくスキップしながら日毎に悪くなっていく体調とメンタルと暑さで液体になっていたのだけれど、今日は夜風が吹いていてめずらしく部屋を明るくしていても暑くない(普段は暑いので読書灯だけで過ごしている。光は熱源なので)。風邪もだいぶ最後のステップまで進んできたので、こうして書いてみる。
この日記は、これから書き始める「アナザー・クロスリバータウン」への習作です。この書き出し、タイトル、身に覚えがあるかもしれない。2025年10月の岡山旅行の日記と同じ体をなしている。あのときも、実はBialystocksのライブに行くついでに長めのお休みを取った。偶然ながらに曜日も同じ。誰も巻き込めないスケジュール感も一緒。「アナザー・クロスリバータウン」というワードは自分の中にあったのだけれど、旅を通してそれがしっくりくる、それしかないぐらいのところまで行き着いたのがよかった。
⬛︎7月15日(水)Bialystocks単独公演2026 於:日本武道館
楽しかった。いつも泣きながら聞いている音楽を思う存分に浴びてたいへんよかった。終演後、ぼんやりステージを見つめていたら私が座っていた周辺の人たちも同じように余韻に浸っていて面白かった記憶。いつもは誰とも会話をせず、開演前に羊羹を食べ、着席、音を浴びてさっと帰る、帰りつつレポを書く、みたいな修行僧スタイルだったので、その合間に「よかったですねえ」の会話が挟まるのは新鮮。ビアリ、ほんとうによかった。音響めちゃくちゃいいところで浴びたすぎる。ライブ中、あまりの良さに「よすぎる;;」と涙を流していたらお隣の方に見られていてちょっと恥ずかしかった。いや、私とライブの間に涙は欠かせないので。いつでもめそめそしてる。好きなので……。(あとは音楽の日記で書こう)
実は東京着いてすぐに、国立新美術館の「ピカソ meets ポール・スミス 遊び心の冒険へ」を見に行った。どのお部屋もめちゃくちゃ可愛くて、展示室の小回りがきく新美ならではの展示だなと思った。ピカソを年代ごとに追ったことがなく、結局一つの時代(キュビズムとか)にフォーカスしてしまいがち なので、画家によって繰り返される実験を見続けられるのは新鮮でよかった。でも何より壁紙がずっと可愛いし、空間作りがずっといい。展示室全部、よかった。まだ会期あるし、夜間開館もやると思うのでぜひ。ポール・スミス、すごいよ…みたいな気持ちにもなる。
⬛︎7月16日(木)海を探して・湯河原へ
◆海を探して
宿のチェックインは16時。正しくは、送迎バスが15時45分ごろ湯河原駅に来るので、それに合わせて近くまで行こうという計画。移動ついでに小田原に立ち寄ることにしていた。小田原までは東海道線。朝ごはんを食べる時間と移動の時間を天秤にかけた結果、熱海行きの東海道線で朝ごはんを食べることに。ぼやぼや歩いていたら、少し前から狙っていた東京駅地下の台湾101というお店にたどり着いた。迷った末に、決めた朝ごはんは鶏肉飯(ジーローハン)。ルーローハンのほろほろのお肉と角煮のかたまりになっているお肉とで迷っていたところに「できたてだよ〜」と言われて出されたものを「鶏肉!」と手に取った。屋台の味がする。多分なんだけど、ルーローハンもジーローハンもタレが好きなんだと思う。
移動と食事をセットにするという私がよくやりがちな限界旅スタイルのために、グリーン車の2階に乗ってみる。2階建ての電車ってあまり乗ったことがなくて新鮮。その昔、東北新幹線が2階建てだったそうなのだけれど、それはいつもお話を聞いて想像するにとどまっていたから、2階建ての電車に乗れるのがシンプルに嬉しい。西へ向かう電車の窓から景色を見る。東京駅を少し出たところで「東京国際フォーラム」の文字を見て「わ!」と思う。東京国際フォーラムの記憶はまだ鮮明にある。謎たちと呼ばれる大切な宝箱を見せてもらった記憶。そのまま西へと向かっていく列車の窓から景色を見る。内陸側に座ったのには理由があった。あの高台の家々をもう一度見たかったからというのと、偶然窓側が空いている席がそこしかなかったからである。
新幹線ではないから、見える景色は去年10月のそれとは違うだろうと思っていた。違っているものの、私にとっては横浜駅を越えて見えてくる高台の景色に他ならなかった。前の旅ではできなかったことをしてみようと思って、TOMOOの「高台」を聞いてみる。この、ちょうどこの街の景色を見ながら書いた曲なのだという。冷静になればめちゃくちゃオタクだけど、であれば曲の風景も味わいながら聞こうと思って聞いてみる。違う街の高台を見ながら聞くよりも断然リアルな坂道具合で思わず胸がいっぱいになってしまう。私は遠くの列車に乗って高台を見ているだけ、ただそれだけなのだけれど、もっと近寄ってみればやっぱり曲のなかの景色があるんだろうなと思った。DEAR MYSTERIESのラスト、自分の中にある傷に消毒液が染みていくような痛みのあるLip Noiseの後だからこそ、なおのこと高台のあたたかさやまばゆい光を感じられるのかもしれない。さておき、本当によい高台だった…。アルバムの発売が11月で、前は「あ、そういえば、Anchorのライブでそんなことをお話しされていたな」ぐらいの記憶しかなくて。だからまるっきり同じ景色でなくとも「ああ、この景色が」というのを感じられてよかった。(ちょっと脱線:もしや、私はこの勢いでチェコに飛び、モルダヴ川を見ながら「我が祖国」を聞いたら大変なことになるんじゃないか……やってみたい気もする。ちゃんとウォークマンに音源入れていこう)
胸いっぱいになっている間に列車は小田原に着いた。東海道線の車窓から見る工場もそれはそれはよく、SONY、FUJITSUの大きさには驚いて思わず帰りの列車でも見る。新幹線よりも生活の色が濃くて見ていて飽きなかった。小田原城に行く、それから余裕があったら海に行くということだけを決めて歩き始める。少し前までの甘やかしモードの夏ではなく、すっかりもやもやとした日本の夏に踏み出すと「小田原城正規ルートこちら」という看板を見つける。正規ルート、というものがあるらしい。ふと、正規ルート以外のルートでたどり着いた塩竈神社を思い出す。正規ルートの案内に沿って歩くことにして、ずんずんと街を歩き始める。10分ほど歩くと、小田原城の正規ルート入り口に着いた。駅から10分、攻め入るのにはちょうどよい距離感だった。小田原城にも鳥の気配があることを微笑ましく思いながら、正規ルートを攻めていく。今回の旅は原稿合宿が目的なのだけれど、サブテーマとして「小田原城を攻める」があったので、文字通り攻め入るつもりで歩みを進める。「この空間ちょっと嫌ですね」の空間が、後になって敷地に入ってきた敵をまず散らすところ(意訳)との案内があって、あのときの感覚は当たっていたんだなとゾワっとする。城のこと何もわからないけれど、ちゃんと敵の気持ちになりきれていたんだなと思った。あまりの暑さに涼みながら天守閣まで登ってみる。高いところから見下ろす街はやっぱり壮観で、特に相模湾の向こう側にある水平線の美しさを表すことばを私は見つけられないでいる。「丹沢」という方向を示す表示があり「AT層の丹沢!?」と驚く。(考古学の授業全部寝てたくせにAT層だけはちゃんと覚えている、なぜ)
小田原城もそこそこに、せっかく海のすぐそばまで来てビーチがあるというので「御幸の浜」にも行ってみる。小田原城からさらに歩いて10分ほど。まっすぐな道を進んでいくと、近隣の家々に「MIYUKI BEACH」の文字がある。近づいてきたなあという実感と、目標があることによる心強さをいっぺんに味わう。道から見て目線の高さに高速道路が走っていて、その向こうに目的地があった。高速道路をくぐる形で砂浜へ出る。サンダルだったし、靴下を脱いで海に入ってもいいなあと思いながら波打ち際のぎりぎりで佇む。地球の息遣いのような波の音にしばらく動けなくなる。私が美しいと思っているこの海は、時に狂気じみた破壊者にもなるんだよなと思い、自分が興味を向けたものが持つ二面性に思いを馳せずにはいられなかった。だれだってそう、複数の面を持っている。見渡す限り一面の水平線を目に焼き付けて、そっと踵を返した。小田原駅からまた東海道線に乗り込み、湯河原へ向かう。
湯河原へ向かう間、視線の先にはずっと海があった。美しい海と街、そのあわいを走るのが東海道線。よい。よい。めっちゃよい!私の車窓風景は常に山、川、田んぼ!の三拍子が揃っている状態なので、海!街!海!ときどき山!みたいな景色に読書どころではなかった。
湯河原の駅で少しだけ必要なものを調達する。普通に暑い。暑くて一歩も動きたくないなあと思っていたものの、駅に隣接しているNEWDAYSには牛乳がなかったので、近くのローソンまで歩く。真夏じゃなければ、もう少し涼しい日だったら…と思う。仕方ない、こればかりは……。ローソンにも一般的な牛乳は品切れで、もう一歩も動きたくなかったので低脂肪・鉄分入りのを買う。広義での牛乳ならばそれでよい。
◆湯河原へ
湯河原駅から宿のバスが出ているので、それに乗る。いくつもの坂道をのぼり、向かっていたときには見えていた海の気配もすっかりなくなるほどに山奥の旅館にたどり着いた。原稿合宿を企てるオタクなら一度はレポを読んだことがあるだろう「THE RYOKAN TOKYO 湯河原」こそ、私が原稿をするために缶詰になる宿だった。
「原稿執筆プラン」で予約しており、チェックインするときの一言目が「あ!やりますプラン何しますか?」だったのが今でも面白い。ちょっと考えたのち、宣言して応援される。普段は自分が創作活動をしていることを完全に伏せているので、応援されるのが新鮮でたまらない。公言していい宿、やさしい。ラウンジには自分の部屋番号が書かれている札がついたインク瓶が置いてあり、そこで作業をしてもいいし、自由にスペースをとってもいいし、部屋で作業をしてもいいというスタイル。基本的なところは読み漁ったレポの通りだった。レポで見たまま。進研ゼミで見た!が常にある状態。
ひとまず部屋に入り、荷物を整理する。二間続きの部屋は一人には広すぎるほど余裕があって、気を抜くとさみしさに飲み込まれてしまいそうなところが少し怖かった。なので、初日はつねに理由をつけてラウンジにいることに。さみしいから。
改めて思うと、創作というのは自分の頭の中にあるものをなんとかして掘り起こして外に、形に見えるようにしていく行為である。それをするためにとことん自分の内側に潜っていく必要があるのだけれど、二間続きのがらんとした10畳と四畳半では得体の知れない何かに飲み込まれそうな気がして、なるべく誰かといたかった。ある程度のことは一人でできるようになったと思ったけれど、部屋の広さを実感した途端「みんな〜〜;;」という気持ちになって一人で来たことを後悔する寸前まで陥る。四隅に分散、時間になったら経過報告とかのスタイルでまったく問題ないので誰かやりましょうの気持ち。けれど、一人でしかいられない、一人でいることが一番楽だと思っていた自分からそんな気持ちが湧いてくるとは思わなかったので、純粋に驚いた。面白い。
おでかけモードから作業モードに切り替えて、ラウンジへ向かう。冷たい飲み物はコーヒーと麦茶。そのほか温かい飲み物も選べる。基本的なところ、宿泊中の食事、飲み物、軽食(チョコレートやドライフルーツ)は宿代として別途お支払いをしているのでお財布を出さなくてもそれなりに冷たい飲み物が飲めるし、作業用にチョコレートをぽりぽり補給できるのがよかった。でも牛乳は別途精算なので、ミルクティやカフェオレが飲みたい人は事前に調達してこなければならない。私は牛乳と手をつないでいるので1リットル買って持って行った(うらばなし:家を空けるので牛乳を飲み切っていこうと調整をしていたところ、2日あれば1リットル飲めることに気がついてしまい、迷わず1リットルのパックを買って行った。多彩な方法で飲んだ、けど思い返せば牛乳としては飲まなかったな。ちょっと後悔!)
ラウンジで作業をして、宣言分を終わらせる。自己判断なので終わってなくても終わったことにできるけれど「終わりました!」と言うと少しはれやかな気持ちになる。「おめでとうございます!」の言葉とともにドリンクのメニュー表をもらう。いいオプションだった。というか、めちゃくちゃ宿の人が親切でよかった。やります宣言オプションの達成を予想外に褒めてくださったのも普段喜び慣れていないので「わあ〜」となる。すごいな。やさしい。普段の生活圏にもいてほしい。
夕飯はサバフグとアジフライの定食。「何食べたい?」のやりとりがないのが本当に最高だった。普段「何食べたい?」の質問が怖くて一人で動く人間とはいえ、自分自身に「何食べます?」という問いかけをするわけで。ただ、ここはもう全部おまかせなので最初に決めた時間に席に座っていると運ばれてくる。もれなく宿近辺のおいしいもので胃が三浦半島に絆されてしまった。美味しかった…。ご飯全部美味しかった。レポを見ている時に気になっていたご飯の量もちょうどよく、おかわりできそうだけど全部食べ切るころにはすっかり満腹になっているところが特に健康的でよかった。
夕飯後もラウンジで作業。やりたいことをまとめたり、小田原城のメモを書き溜める。このとき飲んでいた麦茶がいい感じに作用して喉がさりさりしてくる。寝る時はマグカップに飲み物を残さないというのが個人的な決まりごととしてあるので、余った分は部屋で飲み切る。部屋に大きいテレビがあることをいいことに、まずはKIRINJIの映像から見始め、そのあとサカナクションを作業用のBGMにした。テレビや机、ヨギボーが揃ってる広いほうの部屋に布団を敷いて、ytv (だったのかな?)かMBSの倫理観激ヤバ深夜ドラマを見て寝る。
⬛︎7月17日(金)虎になってしまわないように
原稿合宿2日目。のど!と違和感を抱えつつも「周辺の美味しいもの全部食べさせる」という謎の気概を感じる朝ごはんに舌鼓を打つ。出てくるご飯全部美味しい。
朝からラウンジで作業。引き続き、練りのところとあわよくば書き始めたいと思う。ところが、液体になりつつあるので、念のために部屋に引き上げることにした。
虎になってしまう怖さを感じながら、部屋で作業を進める。机に向かってポメラを開いてもなにも頭が回っていかないので、青空文庫で山月記を読んだり、持って行った文庫本を読み進めたりした。ちょっとの昼寝のあと「散歩しようぜ」と宿からの脱走を企てる。散歩といえど、宿周辺にはこれといったものがあるわけでもなく、坂道と自然とが織りなす風景を見にいくことにした。Tシャツにいつものズボン、もちろんすっぴんで髪も肩のラインで跳ねたまま。日傘とイヤホンだけを持って出る。迷子にならないように来た道を覚えながら歩いた。宿を出る前にふと窓の外を見たら、カナチョロみたいなトカゲがきゅるきゅると動いており、なんとなく志賀直哉の「城の崎にて」を思い出す。折に触れて「缶詰」というワードを思い出しては元気になった。
坂道を歩きながらなんとなく李朝が虎になってしまったのもわかるような気がした。
お昼は出汁茶漬け。お刺身状態の鯛を食べながら、ぼんやりと余韻に浸る。いつも音源で聴くBialystocksが美味しいお魚煎餅なのだとしたら、ライブはとれたての新鮮なお刺身だった。どちらも美味しいのはそうなんだけど、お刺身にはお刺身のよさがある。
午後イチで洗濯。洗濯をしている間にマッサージチェアに揉まれながら、また本を読む。よい。洗濯に30分、乾燥に30分かかるので、本を読みながらお茶を飲んでみたり、部屋でぼんやりしてみたりした。
それからようやく作業。書きたかったものを書き始める。本調子ではないけれど、持ってきた文庫本も読み切ってしまったし、ひとまず作業に取り掛かる。ライブ音源を1公演分聴き終わるぐらいになってくると集中力も切れてくるので、ふたたび脱走を試みる。湯河原の街に流れる17時30分のチャイムはなんだかおしゃれでよかった。
脱走を試みているおかげで、いい感じの進捗を得る。アルバム1枚分を進めて、海鮮丼へのそわつきタイムを挟み、ご飯。海鮮丼である。これがなんかすごかった。美味しかったというより、海を見ながら来た甲斐あって魚が美味しい。というより全部美味しかった。
その後も作業をしようとしたけれど、やっぱり本調子ではなくて諦めて早めに寝る。浅い眠りを繰り返しながら、いつも無茶をしてなんとか形になっているのは体調が万全だからなんだわねと思い知る。アホなスケジュールで駆け抜けて形にしたいろんな本のことを思いながら「奇跡が起き続けてたんだね」としみじみしてしまった。ともかく、健康がいちばん。今回の原稿合宿ではメンタル的にもフィジカル的にも本調子ではなかったのが悔やまれる。いつもの自分ならもう少しできたんじゃないかとか、もっとよい進捗を得ることができたと強く思う自分もいて、理想的なところと現実のところで生じたギャップがある。くやしい、もう一回行きたい。もう一回行ったら本当に虎になってしまうかもしれないけれど、いつかリベンジしたい。
言い訳になってしまうかもしれないけれど、あまりにもストレスがない環境では書けない。自分のために書いているので、自分がフラットな心持ちであればあるほど書けない。次の一歩を踏み出しきれず頭を抱えるたびに、奈良にある志賀直哉旧居の静けさ、居心地の良さを思い出して「よくそんなところで『暗夜行路』を…」みたいな気持ちになってしまう。逆に自分は安吾ぐらい汚い部屋のほうが進みそうな気がする。けど、それはまだ『暗夜行路』読んでいないからそうやって言えることなのかもしれない。小田原で書店に寄った時買っても良かったんだな…残念ながら選ばれたのは川端康成(雪国…!)。
⬛︎7月18日(土)下山・トーハクへ
原稿合宿最終日。目が覚めたら7時15分で飛び起きる。朝ごはんを7時30分にしていたので、さっと顔だけ洗ってラウンジへ。朝ごはんのさばみりんも美味しかった。朝ごはんには湯豆腐的なものが付いてくるのだけれど、その火を見ながら『呼吸する色の不思議を見ていたら「火よ」と貴方は教えてくれる』という穂村さんの短歌を思い出し、じっと火を見つめてしまう。固形燃料が尽きるまで見てしまった。
最終日はチェックアウト後、10時出発の送迎バスで湯河原駅に向かうつもりだったので作業はせずに帰る支度を整える。せっかく大きいテレビなのだからと朝の番組を見ているとすっかり時間が経っていることに気がつき、慌てて準備をする。最後のほうはずっとレドベルを見ていた。でっかい画面だからもっと見ておくべきだったとか、思うところはあれど、レドベルのおかげでなんとか準備を済ませて出た。
私が泊まっていた部屋の襖には富嶽三十六景の神奈川沖浪裏と凱風快晴が描かれていて、相模湾に面した浜辺で波の音を聞いてから見る神奈川沖浪裏はなんだか音が聞こえてきそうな気がした。荒々しさの解像度が増す。神奈川沖浪裏を開けて凱風快晴が見えるというのもなかなかよい。波の向こうに富士山あるもんね。
バスを待つ間も特に作業はせず(東海道線の移動中にするので!)、ラウンジにある本を読む時間にした。『〆切本』という本、文豪や漫画家など何かと〆切に追われているみなさんのエッセイがまとめられている一冊があって、この高橋源一郎のエッセイが好きだった。某出版社の保養所で缶詰にされた話。三キロ太って帰ってくるというものなのだけれど、改めて読んで「めっちゃわかる!」の気持ちになった。という作業の言い訳をしたり、『シンジケート』を読んだりしていた。
2日目あたりに「御神籤ブック」というものが補充されていたので、清算する洗剤と一緒にお迎えする。なんとなく水色がいいな〜と思って選んだものに入っていたのが穂村弘と東直子の『回転ドアは、順番に』。ずっと好きな本を引き当ててしまったミラクルに胸が高鳴る。ひゅ〜!好きな本!(記録を見ると、12年あまりの間に5回読んでいるらしい。めっちゃ好きだ)
帰りはさっと東京駅へ。湯河原から小田原まではずっと海を見ていた。海とそこに面した街。ちょうど、去年のクロスリバータウンの旅の中盤で見た景色の中に自分がいると思うと不思議でならなかった。そう考えると、今回の湯河原はくやしさが残る旅になってしまったけれど、あの時印象に残った景色をじっくり見れたという点では湯河原にして正解だったのかもしれない。湯河原以外の候補に下関とか北陸、常滑とかが出ていたのだけれど「あの時見た景色の中へ」という点でいうと湯河原でよかったのだと思う。クロスリバータウンに呼応するような「アナザー・クロスリバータウン」というのがよりしっくりくる。よい。
東京駅に着いて、改めてレドベルを聞き始める。家にもお土産をと思ってふらふらしていると、ガトーフェスタハラダのお店を見つけた。吸い込まれるように入って見ていると、そこに「Red Velvet」というお菓子があり迷わず手に取る。奇跡。それ以外にラスクを買ってまた歩く。湯河原でもラスクを買ったからしばらくぼりぼりラスク生活ができる。やった〜!ぼやぼや歩いてこれまでに乗ってきた東海道線、またの名を上野東京ラインに乗る。旅の最後は上野にしたかった。
であれば、ということで西美のレンブラントと迷って東京国立博物館に行くことにした。何の気なしに「石器が見たいよ〜」と平成館、インド・中国・日本の仏像のお顔を見比べるために東洋館と法隆寺宝物館を行ったり来たりした。お顔見比べの会めちゃくちゃ楽しいからやってほしい。表情、パーツの違いを実感して面白くなる。ふと通りかかった家族連れが「大包平あるの?」という会話をしているのが耳に入り、「大包平が展示されてる!?」と本館にも向かう。本館といえば、岡山から帰ってきた私が記憶の中の雲類とそのほかの刀を見比べて涙したところです。懐かしさを感じて、今回は泣かないよ、さすがに…と展示を見る。いつもより時間があったのでじっくり見て回れたのが良かった。そして本館には「火焔型土器」がある。とてもよい。平成館の埴輪の展示もめちゃくちゃ好きだけど、本館2階(たぶん!)の縄文土器から始まる展示もめっちゃ好き。
あと!今回「八橋蒔絵螺鈿硯箱」を偶然目撃できたのがアツい。螺鈿になってるお花のところ、角度が違えば輝きも違って綺麗だった。東博は時期によって展示が変わっているので、常設展といえど一度も同じ組み合わせではないところがよくてちょっとの時間があると行ってしまう。
あと、個人的に法隆寺宝物館のデジタルアーカイブで「菩薩or如来クイズ」をしてから展示を見るのがさらに楽しくなった。「これは、なんとなく座り方が薬師如来」とかいう見分けをして、キャプションを見て「菩薩!?」と勝手に驚いている。そろそろ覚えたでしょう。四天王の表情もセットで。
楽しかったな、純粋に。「原稿を進める」というのが目的としてあったので、今回の旅は本当にざっくりとしか計画を立てなかった。けれど、振り返ってみればよい旅路だったと思う。できればもう少し涼しい時期に計画を立ててリベンジをしたい。あまりの暑さに体調を崩しがちなのだけれど、あまりの暗さにメンタルがズタボロだった冬が比にならないくらいつらい(体調が悪いとメンタルもぼろぼろになる)ので、なるべく涼しく、まずは健康になりたいと思う。
【おまけ!】今回やってよかったこと
◎東海道線グリーン席
あまりにも簡単にグリーン席の切符が買えることに驚いた。時間もかからないし、急いでいるときでも十分間に合ったのがよかった。ちゃんと座席があるし、1階の席は本当に目線の高さがホームの地面で「わあ」と思った。普段そんな低いところにいないので。1階、2階どちらの席も座ってみて、見える景色の違いを楽しめたのもよかった。欲を言えば、次はちゃんと調べて踊り子号とか小田急のロマンスカーとか乗りたいな〜。
◎オールインクルーシブの宿に泊まる
「オールインクルーシブ」のワードだけは聞いたことがあったけど、実際泊まってみると精神的な不安がなくて快適。まだ知らない世界がここに広がっていた。ご飯のことを考えなくていいっていうのが一番良かったことかもしれない。上野で謎にうどんを食べたくなりさまよい歩いたのだけれど、そういうの一切無縁なの、めっちゃいい。他のところでも行ってみたいかもしれない。年1回の贅沢の機会に取っておきましょうね。
◎「こころ」を手にとらなかった
本当にこればかりはナイスすぎる。新潮文庫の夏の100冊、プレミアムカバーから迷って「雪国」にしたのだけれど、一歩間違えば偶数年に読み直している「こころ」を選んでいた可能性もあるわけで。その場合、作業どころではなく、すべてそっちのけで読み耽ってしまっていたので、とってもナイスな判断だったと思う。代わりに今の生活を捧げている。今年は角川文庫のを読んでいます。(新潮文庫・集英社文庫はすでに読了)
◎虎にならなかった
もう少しいたい気持ちもあったけど、もう少し滞在を伸ばしたらいつ虎になってもおかしくないなあという感じだった。けど、旅の中で李朝の気持ちが痛いほどに実感できたのはよい体験だった。自分のソロ活にも向き不向きがあるんだと再認識したし、暑い時期は本当にしんどいけど、それなりの温度の行楽シーズンに旅に出ていろんなものをできる限り吸収するのが自分の旅スタイルとして合っているのかもしれないと思った。
⬛︎次を考える会
次(おそらく来年)は、北陸のあたりか北海道に行きたいかもしれない。中谷宇吉郎です。けど宇吉郎にゆかりのある場所を尋ねるとなると、まだまだ下準備が足りない気がして、そうすると読書合宿として群馬あたりがよいのではと思った。「せっかくここまできたんだから」とフランソワ・ポンポンの彫刻が見たいだけ。
という感じでした。すっかり長くなってしまった。3時間ぐらいぽつぽつ打ってたのだけれど、書くのも楽しかった。旅の思い出に浸るのも好きだし、次の旅を考えるのも楽しい。やっぱり私は旅に焦がれてあこがれているのかもしれないね。