扉の前で前足をキュッとコンパクトに整列させ、ノチ(仮名)が佇んでいる。何かを訴えかけている目で、じーっとこちらを見ている。「なんでしょーかー」と聞くと、「にゃー!」と大きな声で返事をくれる。いつもとは違う、特別な時間に移り変わったのを感じた。
普段は「一緒に暮らしの中にいる者」として日常に溶け込んでいて、特別さ・不思議さみたいなものを肌で感じることはあまりない。だけどたまに、「あ、俺はこの愛くるしい生き物と生活を共にしているんだ」と強く意識することがある。全身の細胞に、喜びが、微弱な電流みたいに伝わる。いつもの同じ部屋のはずなのに、何の変わりのない平日なのに、突然「異様さ」を感じて、毎日一緒に暮らしていることを不思議に思う。「そこにいて、一緒に生きているんだ」と。そこにノチが存在していること、一緒の空間に俺も存在していることが、日常の中の非日常だった。
昨日の焼き回しみたいな毎日で、昨日と今日の境目がよく分からなくなることがよくあるけど、その時はとても嬉しくなって、ノチを抱っこした。「当たり前のように思えるけど、ものすごくものすごく特別だよね」と思いながら、ノチを抱き締めた。ノチは「にゃー!」と言った。抱っこは嫌いでないみたいだけど、喜んでいるのか、「降ろせ!」と言ったのか、よく分からない。