ひとが恋に落ちたときってどんな音がするのか、貴方はご存知?
狂音文奏楽『文豪メランコリー:Re』6/29マチネ公演を観劇した。約五年ぶりにうちわを作った(経緯はX逃亡日記)。トートバッグから元気にはみでるうちわの柄、武士が刀を腰にさげる心強さってこんなだったのかもしれない。御一緒してくれたフォロワーさんもうちわを作ってきてくださって、ライブが始まる前からすでに楽しかった。

今回の文豪メランコリー――文メラは再演にあたる。
初演は昨年7月にあって、芥川龍之介/太宰治/夏目漱石/中原中也/谷崎潤一郎/与謝野晶子という文アルでもお馴染みのメンバーに、ゲストが期間代わりで石川啄木/宮沢賢治/江戸川乱歩。文劇6で純朴な直くんだった反橋さんは妖艶で不良(ワル)の太宰に、先日の文劇7で貴族文豪志賀だった谷さんは金を借りる側の啄木に、とキャストには文劇でおなじみのメンバーも多い。ちなみに文ステでフィッツジェラルドの君沢さんは江戸川乱歩だった(いじられていた)。演出は俳優でもある磯貝龍乎さんである。
文豪が歌って踊るライブステージだなんて絶対面白いに違いないし、演出もキャストも間違いがないとなると行くしかあるまい。
せっかく東京行くならと次の日の小坂さんの舞台のチケットも取った遠征あるある探検隊は、真偽を確かめるべく東京に向かい、
そして、完璧に”キマッた”。
文メラの魅力は多岐にわたる。が、まず純粋にライブの楽曲が良い。配信が無く勧められないのが本当に悔しい、全員で歌う曲と個別曲があるのだが全曲いい。X(旧Twitter)で【#文メラ】【#文メラRe】で検索するとカーテンコールの動画が上がっている(文メラはカテコのみ撮影とSNS共有がOK)のと、公式の動画で曲が聴ける場合があるのでぜひ聞いてみてほしい。
参考に公式のティザームービーを。曲の歌詞などに劇中のネタバレはないので安心してご覧いただければと思います。
初演時の全員曲1(オープニングソング)
再演時の全員曲2(喩え私たちがクズでも推し続けてね?の曲)
初演時の全員曲3(カーテンコールの曲。テーマソング)
衣装も魅力的だ。文メラは通常装備がヒールの靴なので、ヒールで歌い踊る男性が合法的に見れる。そんなことあっていいのか? 男性の短い爪にネイル、顔にはストーン、ギラギラのアイシャドウ、レースにリボン……と夢が詰まっている。一人ひとりの文豪の衣装アレンジも大変良い。
個人的にコロナ禍以降はじめての声出しキンブレOKのライブだったのもあり信じられないくらいアドレナリンが出た。
ライブパート中心の紹介になってしまったが、曲間に入る文豪たちの懺悔や暴露や開き直りが詰まった会話パートももちろん最高だ。砂浜に埋まったきらりと光るシーグラスを丁寧に拾うような友人同士の語らい、はたまた太陽の反射光にジリジリ焼かれるような切羽詰まった孤独の吐露など。私個人的には夏目先生が最後に芥川に言う台詞がとても好きで、たまに心のうちから取り出す言葉になっている。
キャストさんが腕のある俳優さん揃いなのもあり、メタやアドリブにかなり近い境界線にいながらも、俳優さんの素への一線を絶対越えない。おふざけベースの中でも「俳優さんたちの板の上にいるあいだは役として生ききる」ハングリーさがギラリと見え、プロの業に惚れ惚れする。「素のように見せつつ実は作り上げられたものである」という板の上の状況は、ある種俳優さんたちの中で文豪たちとオーバーラップしている面もあるのかもしれない。
さて、話を今回の文豪メランコリー:Re(以下文メラRe)に戻す。
まずはここで、公式サイトから引用したあらすじを読んでいただこう。
数々の代表作を残した文豪たち。
その作品は現代まで名を馳せている。
とうの昔に亡くなったその文豪がオーディエンスのアンコールに答えるため、再び現代に蘇りライブコンサートを行う!
そこで歌に乗せて暴かれていく文豪たちの本性!あいつはこんなやつじゃない!本当のあいつはクズだ!押し寄せる文豪たちの晒し合い!死んだから言える文豪たちの懺悔パフォーマンス!
太宰治、中原中也、夏目漱石、与謝野晶子、谷崎潤一郎、芥川龍之介!
文豪達のミュージカルでもコンサートでもない型にはまらない唯一無二の文豪たちのライブパフォーマンスが今始まる!
・・・はずだったのだが、、、芥川がある理由で欠席、、、。そこで芥川龍之介の穴を埋めるべくあの人物が名乗りを上げた!!
新たなライブパフォーマンス、狂音文奏楽『文豪メランコリー:Re』が今始まる!
初演にはいた芥川龍之介が文メラReでは「ある理由」で欠席していた。劇中文豪たちは「魔法使いの……」「約束……」「大いなる厄災が……」「俺達もいつかオーケストラコンサートしようね……」としきりに言っていたが、自分には何のことだか分からなかった。ところでこれはぜんぜん関係ない話なんですが、橋本さんってまほステご出演されてたんですね。
そんな、どうやら当日TACHIKAWA STAGE GARDENあたりにいるっぽい芥川の代わりに来てくれたのが、彼の妻・芥川文(演・三浦海里さん)だった。
文ちゃん。
正直に告白すると、告知、当日劇場に座った時点でさえも――私はあまり文ちゃんのことを強く意識はしていませんでした。
「私は夫の代わりに来ましたから」「私は文豪ではないですから」
終始おどおどしていた文ちゃん。
「芥川さんの奥さん」と他の文豪に呼ばれていた文ちゃん。
「人妻」であることで谷崎に付け狙われていた文ちゃん。
文メラReというタイトル通り再演であるため、基本の流れや文豪たちの楽曲は初演をなぞりつつ進む。が、演出は初演よりパワーアップしていて、まず博品館劇場の縦幅の強さを活かしたセット(前回の六行ホールは平面なイメージでライブハウスっぽく、それはそれの良さがあったが、今回は舞台作品っぽさが立っていて別の味わいがあった)。各文豪のライブ演出も、一例としてお伝えすると、初演でも好きだった夏目先生の楽曲演出――ロッカーのような長方形の箱に先生が囲まれ、逃げ場を失ってしまう――が、Reだと厚みのあるアクリル板になることでまるで合わせ鏡の地獄、夏目先生の孤独の息苦しさがよりあらわに見えるようになっていたり、再演だからこそ磨き込まれた良さがあって最高の上乗せだった。
一度は歌おうとするが、「胸がいっぱいでうまく歌えない」と途中で曲を止めてしまう文ちゃんは夏目先生に先の順番を譲り、トリを務めることになる。ちなみにこの流れは初演で文ちゃんの夫の龍之介も通った道だ。
「トリが奥さんで大丈夫かよ」と心配される文ちゃん。夫である芥川は言われてなかったのに。
夫である芥川を想って「煙草の煙が私を大人にした」と歌う文ちゃん。
芥川に自身の同級生と心中未遂されたり、浮気されたり、事前に「私の話は暗い」って事前申告してたのにいざ歌うと「重すぎる」と言われる文ちゃん。
文ちゃん。
初演で芥川も歌った暗い過去との決別ソングである「Listen your my heart」を歌い、明るい表情を取り戻す文ちゃん。
初演だとこれを歌った芥川はスッキリとした顔で「僕も浮気したりしたことあるけど前向きに生きていきます」って言って、晶子さんに「アンタもクズね」って言われてたっけ……。
弟子の妻だからかやさしく接していた夏目先生に「私の歌いたいこと、見つかりました!」と笑顔で言う文ちゃん。
マイクを握り直し、息を吸う文ちゃん。
文ちゃん。
「ウルァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
文ちゃん?!??!?!?!?!?!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
天をも突く文ちゃんのシャウトがびりびりと劇場内に響き渡ったとき。一瞬で空気を「奪われた」ことが肌で分かった。これはジャックだ。
今、会場の支配者は文ちゃんだ。
「ねぇ覚えてる? あの時のこと
愛するあなたに言いたかった
忘れたくない 忘れられない
あなたのことは許さねえからな!」
「まじでなんなん!? それはどうなん?!
最低最悪男なのに
あぁ私のバカ・・・私のバカ・・・
なんでこんなに愛しいの?
なんていわねぇよ! いってやらねぇよ!
もう私以外はなにもいらない
ここから先は私が主役
邪魔するやつは全て許さねぇからな!」
まるでジャンヌ・ダルクのような文ちゃんに促されクズの権化としてステージ上に立っている男性文豪たちに「こいつらみんな……」「最低~~~~!!!!」と全力で叫んでいるとき、今日なにを目的に博品館劇場に来たのか、推しは誰なのか。すべての垣根を越えて、会場中の女性たちがひとつになっている感覚があった。
「自分の本音を歌うってこんなにも楽しいんですね!」
濃厚な甘い香りを放ちながら咲く大ぶりの百合の輝きをまとわせて、客降り~劇場後方にあるお立ち台からステージの上に帰ってきた文ちゃんは、文メラメンバーで唯一の女性である晶子さんに話しかける。
「今の時代って、女性もそういう本音を言っていいのよ」
「へえ……! そうなんですね! 知りませんでした!」
ぱあと花開くような文ちゃんの笑顔に私は思わず泣きそうになった。
文ちゃんは文豪ではない。世界的に有名な文豪の妻ではあるが彼女自身は一般人だ。そして同じ性に生まれても、晶子さんのように新しい女性の世を切り開いていく野心に燃えた「強い」女性でもなかった(晶子さんは晶子さんで当時既に配偶者がいた鉄幹さんから略奪婚した《女性のクズ》として居てくれて、当時女性の神聖化をぶち壊すという別の方面で心強い)。自分は文豪ではないからと一歩下がり、芥川龍之介の妻や人妻と属性で揶揄されても困惑するか受け流してしまうような、ひとりの女性だ。
だから、文ちゃんは知らなかったのだ。「文豪じゃなくても、女性でも、心のままに本音を言ってもいい」ということを。しなかったのでもない。出来なかったのでもない。私も「それ」をやってもいいのだということを文ちゃんは知らなくて、令和に蘇ってやっと、「知った」のだ。
どれだけ生前クズだったって、酒乱だったって、バナナウーマンだったって、ドMだったって、本当は精神不安定だったって、かっこ悪くたって。もがきながら生きたひとりの人間の「真実の姿」を知ってもらうことが文豪メランコリーの意義なら、初演で夫の芥川龍之介が「文学に生命をかけ人間不信で時にはクズなこともしたけど儚い最期だった」と語った姿を再演で妻の芥川文が「それが言い訳になると思ってんのか? お前のやったことは許さねえからな。私の人生返せよ」と覆せるのもまた、文豪メランコリーなのだ。
演出の磯貝さんが果たして「初演にはいた夫である芥川龍之介の不在の穴を埋めるため、再演で妻である芥川文を連れてくる」という変更にどこまで重きを置いたのか、いち観客である私に分かるよしはもちろんないのだが、今回の「初演を再演する」前提においてなんと有意義な再(:Re)の使い手なのだろうと心から感心した。
文メラRe観劇後、どうしても「芥川文」という人物について知りたくなった私は名前で検索し、文ちゃんが夫・芥川龍之介について書いた本が存在すると聞きつけさっそく図書館で予約した。このあと受取に行く。
でもさ、文ちゃん。私は「芥川龍之介の妻」としての文ちゃんじゃなくて、芥川文としての文ちゃんのこともっと知りたいよ。Wikipediaで見たけどさ、文ちゃんと私はちょうど90歳違いらしいよ。ウケるね。ドリンクバーのあるファミレスで文ちゃんと喋りたい。デザートも食べて、何時間いるんだろねって笑ってさ、多分私じゃわかんないこといっぱいあると思うけど、私は文ちゃんの話を聞きたい。いっぱい聞かせてよ。
ひとが恋に落ちたときってどんな音がするのか、貴方はご存知?
私が恋に落ちたときの音は、「ひとりの女性のシャウト」だった。
おめでとう文ちゃん。令和へようこそ。そのシャウトはファンファーレだ。文ちゃんのような女性たちの無数の面影を重ねて舗装した道を歩いて、私は今、令和でなんとか生きていけてるんだよ。
文豪メランコリー:Re、本当に最高でした。文ちゃんのブロマイドとアクスタ通販しました。いつの日か芥川夫妻での出演ください、できれば円盤もください。(アゲハ蝶構文)
※こちらの文章はあくまで個人の主観に基づいた感想であり実際の舞台内容、史実と異なる場合が多分にございます。また、考察でなく感情なので真偽は不確かです。ご自身の持つ感情と私のそれが異なった際は、ぜひご自身の感情を信じてください。
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