味わうということ

gob
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公開:2025/12/15

 文章の書き方をよく忘れる。もちろん自分のための文章であれば迷いはない。けれどもことさら他人に見せるためとなると、以前の自分がどのような文章をしたためていたのかを確認しなければいけない気持ちになり、公開済みの記事を読み漁るハメになる。

 非効率だ。今回はエッセイということだから、ようはいつも通りでいいんだと思う。生活と、それに紐づく発見を共有すること。日記かな、日記ですか。違いますか。とりあえずやってみることにします。


この記事は小説を書く人のエッセイ Advent Calendar 2025 15日目の記事です。

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 お茶が好きだ。日本酒が好きだ。美味しいものが好きだ。美味しいものを人と共有することも好きだ。それで親しい知人が笑顔になるのがもっと好きだ。その過程でひとつ気づいたことがある。

 味の好き嫌いには個人差が大きいが、味わい方は、とくに嗜好品を趣味とする人たちがものを味わうのには共通したやり方があるように見える。

 私はかつてショートショートを好んで書いていた。掌編から中編程度の、長くとも文庫本50ページ程度の創作文章を。なぜなら飽き性だからだ。

 しかしそんな私は今後長く付き合うであろう新たな趣味を手にした。お茶だ。その前には日本酒もよく飲んでいた。でもそっちはアルコールだから、今では適度に付き合っている。カフェインはどうなんだって? ……。

 それで、なぜそんな確信を得たかというと、ハマり方が創作と同じだったからだ。私の創作は研究と内省だ。世界に、あるいは他人の創作に触れ、自分と向き合い、その結果を作品として出力してきた。

 同じだった。お茶も日本酒も好奇心を満たすに足る傾向やランダム性とコンテンツ強度を持ち、向き合う時は私とそれらとのふたりきり。その味わいや香りを、あるいはその感想を反芻する。そして、テイスティングノートをつけるのだ。

 味わいの感想をメモするようになってからは、好奇心が青天井になった。なぜこの米と麹が水をこんな味に? 瓶内二次発酵による味わいや香りの変化は? それに対する温度の影響は? 降雨量や肥料の与える品質への影響、低温焙煎を重ねることによる香味成分の変化、土壌ごとの風味の違い……。

 様々なことに対して興味が尽きない。自分の感じたことを説明するために、疑問を解決したくてたまらないのだ。

 私はもはや怪物になってしまった。お茶が好きだから飲んでいるのではなく、好奇心でお茶を飲んでいる。もちろん好きではあるし、その日の気分に合わせてお茶を選ぶけれども、それはそれとして好みから外れたお茶をも買い込む。グラム1,000円超えるようなものでも躊躇せず。


 茶葉を保管するための棚がある。それはそれはひどいことになっている。

少し前に撮影した茶葉棚の写真。アヒルちゃんは趣味だ。

 この左側には白茶や緑茶、セイロンティーと乾き物のお茶菓子ががさっと置いてあり、手前の引き出しの上には鳳凰単叢を詰め込んだカゴが置いてあるのだが閑話休題。引き出しの中がことさらにひどい。似たような茶葉がぎゅうぎゅうに詰まっているのだ。

 アールグレイが6種類ある。まぁいい。

 バニラの香りの茶葉が10種類以上ある。それもまだいい。

 右下の引き出しの中に、2025年のダージリンセカンドフラッシュが15種類ある。ついでにファーストも10種類近くある。去年のもまだまだある。その下には台湾烏龍茶の冬摘み春摘みが山ごと焙煎ごとに合計20種類近く詰まっている。

 上段2つの引き出しの中には武夷山か鳳凰山で取れた烏龍茶が50種類以上詰まっている。

 全部同じじゃないですか!? 違いますよーっ。頭の中で両津勘吉ががなりたてる。実際私にとっては全部違うのだ。

 ただまぁ、ここの部分を理解してもらおうとも思わない。趣味にしてもニッチな分野だし、実際の体験を伴わないと話が入ってこないだろう。そんな話を早口で捲し立てるつもりもない。

 しかしこれはエッセイだ。違う切り口からであれば、もう少し踏み入っても問題はあるまい。


 先日、動画を見ていた。最近ワインスクールに通い始めた慶応卒でベンチャー企業の副社長が、混ぜるだけで味が変わる魔法のマドラーを試す動画だった。

 ワインをひとくち飲んで「やっすい!」と叫んだ。癪に障る属性てんこ盛りのボンボンが言いよるわい、と思った。

 しかし、しばらく動画を見て気づく。こいつはちゃんと「味わう」をやっている。

 ワインを飲むまでの挙動、口に含んでからの動作、卓を囲う他のメンバーはやっていないそれらが際立って見えた。どれも、覚えのある動作だったからだ。

 なるほど、ワインスクール上がりはこうなるのかと思った直後、我が身を振り返り思う。やってること変わんね。

 うへ~マジか~~~~スタッフの用意したワインを安い味であると言い放つワインスクール通いの慶応卒の広告業の副社長とやってること変わんねんだ……。

 とはいえなにかを味わう行為とは、対象がなんであるにしろ、所作はおおよそ変わらないのかもしれない。風味を感じるには結局味覚と嗅覚とを頼る他ないのだから。

 それからふと思う。世の中で味わうなんてことに時間を使う人は少ない。

 私が麦茶を口の中で回さないように、営業のサラリーマンが5分で昼食を終えるように。味わい方なんて義務教育では教わらないし、そもそもそんなことをやる金銭的・時間的余裕のある人が少ないのかもしれない。知識と余裕とがないとできないことなのかもしれない。


 でも、それでも、私はあえて提言したい。味わうこととは、人生を豊かにすることだと思う。

 結局人間生きている以上食べて飲まなくてはいけない。それと一生付き合うのならば、その時間を極限まで短縮して発生した時間を余暇時間とするか、その時間を楽しめるようにするかの、どちらに注力するほうが有意義だ。

 きっと前者の人もいる。ただ、後者の生き方って楽しい。

 世の中には美味しいものがたくさんある。普通に食べたって美味しい。

 でも、そういうものは時間を使って味わうと、より詳細に美味しいと感じることができる。そういった詳細さは私たちに深い感動をもたらす。

 ただまぁ、メリットばかりではない。好きなものをより好きになる一方で、追加でひとつ尺度を得てしまう。食べ物に対して好き嫌いの他に「質の良し悪し」という尺度が生まれてしまうだろう。

 ひとつのジャンルのものを味わい続けるうちに、味や香りに対して一定の尺度が生まれる。この分野ではどういうものが評価され、どういう要素が避けられているのか。

 たとえば中国茶では苦渋を嫌う。苦さや渋さがあるお茶のことを不自然に感じるようになるだろう。また上質なものを味わい続ける中で出会わなかったよくない要素を雑味として感じ取り、品質が低いと評価するようになるだろう。

 そういった、好き嫌いとはまた別の尺度が発生する。これはまぁ……知らない分野のものを味わう上で役立つ一方、質は良いが好きじゃない、好きだけど質は落ちる……のような気づかないほうが幸せなことに感づいてしまう。こりゃデメリット寄りか……?

 言ってしまえば、私は「違いがわかることはいいことだ」なんて言うつもりはない。いっそ今まで何も感じずに食べられたものが口にできなくなることすらあるんだから。

 それでも私がなぜ味わうことをやめないのかというと、楽しいからだ。


 お茶は3月末からはじまる。中国緑茶がいっせいに収穫をはじめるころ、インドでも同様にダージリンのファーストフラッシュが摘まれ始める。

 緑茶は加工がすぐ済んで、半月後くらいには日本に入荷される。紅茶は発酵を待つ時間があるから大体2ヶ月後くらい。このタイムラグのおかげで退屈することがない。

 春はそれらを飲んで、初夏頃に流通するアッサムのファースト、ダージリンのセカンドが入荷されるのを待つ。秋口になると、中国の紅茶や烏龍茶の加工がようやく終わって日本で出回り始める。冬春は台湾烏龍茶とニルギリの美味しい季節だ。寒さにはミルクティーでもいい。もちろんクリスマスティーのような季節限定のフレーバーも出回る。

 お茶を例に出したけど、日本酒もそう、魚だってそう。味わうことを趣味にすると、季節が巡るのが楽しみになる。

 私は"旬"という概念が日本に存在することに感謝をしている。時間が過ぎることが楽しくてたまらない。季節が巡れば、新しいお茶が生まれ、新しい日本酒が流通し、カワハギに、ハモに、サンマに、サワラやブリに脂が乗るのだ。

 ことしの正月、よそから着物を一反もらった。お年玉としてである。着物の布地は麻であった。鼠色のこまかい縞目が織りこめられていた。これは夏に着る着物であろう。夏まで生きていようと思った。

――太宰治『葉』、青空文庫。

 太宰だってそう言っている。未来にやりたいことがあると、そこまで生きる気力が湧く。


 ただ、味わうって結構難しい。自分の中に尺度がないと実感が得られない。だから「味わう」をはじめるなら、比較からはじめるのがいい。

 物事を伝えるのと手法としては同じ。AとBを比べて違いを指摘するだけだ。そうすればたいていのことはうまく伝わる。少なくともうまく伝わったような感じがするし、わかった気になる。

 正確でなくともいい。世間的によいとされているものを、美味しいと感じるかどうかはわからない。でも、それでいい。

 きっと、「味わう」を深めていくうちに、自分の中に尺度が生まれるはずだ。そうなったら、もはや何かと比較する必要もなくなる。

 自分の中にある絶対的な評価、それを信じて深めていけばいい。

 ここで参考までに私のやる「味わう」という行為の手順を示しておく。

  1. まず嗅ぐ(それで美味しそうだったら以降目を閉じる)

  2. 一回普通の空気を吸ってから、もっかい嗅ぐ

  3. 口に含み舌に乗せる

  4. 小刻みに空気を含みながら口全体に広げる(噛む)

  5. 吸った分口の中の空気を鼻から抜く

  6. 飲み込む

  7. 飲み込んだあとの戻りの香りを鼻から抜く

 複数種類の日本酒の違いを感じるために、あるいは美味しい和食の技巧を感じるためにやってきたことが、今の茶にも繋がっている。はた面倒くさい工程だが、意識的に何度かやると、一連の動作として身につく。

 ざっくり書いたが、7工程ある。長いよね。こんなに分ける必要もないだろと思う。そのとおりだ。これをちゃんとやると、飲み込むまでに20秒くらいかかるし、次を口にするまでにはもっとかかる。そんなペースで食べるのは、先生によく噛んで食べましょうと注意された時以来だ。

 でもそれでいい。ワインスクール上がりの人だってそうだった。ひとりだけ飲むペースが遅かったし、ふつうは口にものが入っているときに口を開かない。そりゃそうだ、行儀悪いしね。ごめん。


 で。比較するという観点で言うと、この季節はすごくいい。なぜなら、詰め合わせ商品がたくさん売り出される――福袋シーズンだからだ。

 というわけで、福袋の宣伝をする。

 まずジークレフ。和紅茶コンテストの主宰なんかもやっている人がやってるお店。インド、スリランカ、中国、台湾など幅広い産地の紅茶を取り扱う。価格が手頃で高品質。コスパがいい店というとここ。

 次、リーフル。銀座に店があるだけあって高級品。ダージリン専門ではないけど、品揃えがとにかく多い。ダージリンの飲み比べがしたいならここ。 

 最後、T-Break。すごいニッチな店。私のようなやつを狙い撃ちしている。いろんな場所の旬の紅茶を取り揃えている。紅茶を知るならここ……かな?


 じゃあ私は最近なにを楽しんでいるかというと、みかん。みかんウマすぎワロタンゴなんです。

 某所で「紅まどんな」というみかんがもてはやされていた。あまりに持ち上げられていた。一切の批判的なコメントがなかったので、あやしみつつJAで5kg買った。12月3日に届いたみかんが9日にはすべてなくなった。ドハマりした。追加注文しようとしたら、もう今季分の発注は終わってしまっていた。

 だから、みかんの品種についていろいろ調べた。次を頼もうと思って。

 したらね、3~4月ごろ収穫の「紅ぷりんせす」ってみかんがあるらしくて……。

 だからね、春まで生きていようと思ったの。みんなにもそういうものが見つかるといいなと思う。読んでくれてありがとう。

 追記:昨日のアドカレを読みました。カフェインを受け付けない体質で茶葉を余らせてしまっている人は、水出しという手法を試してみるといいかもしれません。抽出されるカフェインの量が半分くらいになります。

 ちょうどそういう記事を別アドカレで書いていたので参考にしてください。