まずは第1週のシナリオブックのふりかえりから!
週ごとにシナリオブックが電子で発売されるという朝ドラ初の試み。発売は毎週月曜日に前週のシナリオが配信されるようです。
これはアドリブだろと思ってたところがやっぱりアドリブでニヤニヤしたり、えっここシナリオにないの!?とビックリのち爆笑するシーンもあった。
そしてエピソードの順番がけっこう変えられてるなぁと思っていたら、金曜の回まで見て納得。それは、金曜日のあの回のシナリオをほぼ削りたくなかったんだろうなということ。脚本の吉田さんがご自身でおっしゃられているようにシナリオはいつもちょっと長いそうなんですね。それをどうまとめてもらえるのか楽しみだと。だけど金曜の回はほとんど削ってなくて、だけどおそらく削らないと15分には入らなくて、それで水〜木あたりで調整してシナリオの金曜の回の冒頭(トラコとハルさんが台所で話すシーン)を木曜から始める、という編集になったんだと思う。そういうのを知ることができるの楽しい!
そして今週は主題歌「さよーならまたいつか!」がフルで公開された。
わたしはやっぱり「空に唾を吐く」というフレーズが使われているのが大好きで、たぶん自業自得みたいな本来の意味は関係なくて、「虎に翼」にかけたのと、唾を吐くということが「女らしさ」から一番遠そうな行為を敢えて入れたんんじゃないかな〜と思ってる。胸がスッとする。1番と2番で歌い方が違うのも好き。
そしてこちらのインタビューとてもよかった。
フェミニズムというワードがふつうに出てきたのがまずよかった。ちゃんと言葉にしてくれると、あ、わかってくれてるんだなってホッとする。それに主体的、つまり寅子、ひいては女性の視点で書いた詩、というのもすごくいい。というか米津さんがおっしゃる通り、二択ならそれしかないと思う。この物語を俯瞰で見て「100年前の女の子がんばって!」みたいな詩だったら「はぁ!?」ってなるでしょ制作側しっかりして!と思った笑
それに、女の物語に男は無関係じゃない。むしろめちゃ関係ある。性別に関わらずこのヒロインに連帯してくれていい。むしろしてくれ。
あとこれはほんとうに個人的な感覚だけど、フェミニズムな物語で女性ボーカルだとちょっと重いかな…と感じることがある。女性ボーカルにしたい気持ちもわからなくはないのだけど、あまりに女だけだと閉じすぎてる感じがする。(朝ドラはむしろプロデューサーや演出家に女性を増やしてほしい)
ただそういうフェミニズムな物語に音楽で介入できる男性ミュージシャンというと、米津玄師や星野源みたいなクレバーかつ他者を思いやれる人なんだろうな、とも思う。だから今回は本当に米津さんでよかった!
さて本編!(ここまでが長かった)
第2週「女三人寄ればかしましい?」
第1週のモチーフが結婚だったなら第2週のそれは離婚。まだこの婚姻制度にこだわる!でもそれはそう。女を縛る旧法に色濃い家父長制こそ、女を生きづらくさせているものだから。
よねを尾行し初めて民事裁判を傍聴することになった寅子。それは、DV夫に耐えかね離婚訴訟を起こし勝訴するも夫から控訴されまだ離婚が成立してない状況下、妻が持参した着物や調度品の返却を求める裁判だった。法律上、妻の財産は夫が管理することになっている。離婚が成立していない以上、女性の訴えが認められるのは難しい…というのがよねも含めた学生たちの意見。さて判決は…?
第1週を見たとき、このドラマはロジックと感情のどっちも大事にしてるのがいい、と感想にも書いたけど、第2週を見てさらにロジックと感情は分かち難いものだ、ということを感じた。
判決の前に判事が執務室のような場所で一人、コップに注いだ水を飲むシーンがある。なんのナレーションもセリフもなく、本当にそれだけのシーンなのだけど、わざわざそのシーンを入れたことで、判事は何か思い悩んでいるようだ、という印象を受ける。
そして出した判決のあと、判事は寅子たちのためにと、判決の趣旨を説明する。法とは立場の弱い人を守るためにあること、そして立場の強いものは権利を濫用してはならないこと。双方の弁護士や桂馬判事が驚いていたように、また穂高先生が「新しい視点に立った見事な判決だった」と評したように、当時としてはめずらしい判決だったのかもしれない。
だけど判事は、法は弱い人を守るためにあるという信条のもと、今回のケースでは妻の訴えを棄却すべきでない、と感じたのだろう。それは感情に近いものだ。だけどそれを裁判という公の場に出すときにはロジックが必要になる。そしてそれが法の解釈と呼ばれるものになる。
裁判は〈人〉が裁く場所だ。裁判官、今では裁判員も、何を根拠に裁くのかと言えば法律や過去の判例はもちろん、〈人〉としてどう感じたかも大きな要素となる。寅子が頼りにした「裁判官の自由なる心証」だ。だから原告も被告もともにプライベートをさらしてでもよい心証を得ようとする。裁判とは人の感情なしに成立し得ないのだ。そしてその感情を守るのが論理=ロジックなんだなと思った。
法律や規則、政治、裁判など、社会的なものは絶対的な存在で、個人の感情、ときに〈お気持ち〉と揶揄されるものは一段も二段も下に見られがちだ。だけどそんなことはない。個人の感情もまた、社会を構成する大事な要素のひとつなのだとこのドラマは肯定してくれているような気がする。それがうれしい。
そして最後に、よねが寅子に「お前とは合わない」と言い放ち、涼子さまが「そうね、合わないお相手と無理にご一緒しなくても」と諦めたように突き放すように言ったのに対し、寅子は「地獄の道をゆく同士よ。考えが違おうと、ともに学び、ともに闘うの!」と力強く笑顔で返したのがとてもよかった。
この女学生たちのなかでも、華族のお嬢様の涼子がいて、カフェーで働くよねがいて、階級差は大きい。だけど涼子には涼子の、よねにはよねの地獄があることも示唆された。この二人と寅子は本当の意味で仲間になれるんだろうか。
私たちが今生きている社会も分断をつよく感じる。だから寅子の言葉は希望だなと思ったし、違う考えの人間とどう付き合って行くのか、このドラマを通してヒントをもらえるといいなと思ってる。
あともうひとつ、最初に傍聴に行ったとき、相手側の弁護士から尋問される女性に対して寅子が「がんばって!」と小さく声をかけたこと、最後に女性が寅子に「ありがとう、心強かった、とっても」とお礼を言ったこと。ほんとうにささいなシーンなのだけど、これも小さなケア行為であって、そういうのを大切に見せてくれるこのドラマが好きだ〜〜〜!と思いました。