ブローガスト12本目。映画の会まとめと同様に、本をおすすめする会もまとめる。漫画も入っているけど、参加している会は漫画もOKなゆるい雰囲気です。
このしずかなインターネットはもともと私が長年参加している、本・映画をおすすめする会で話すためにメモった内容を共有する目的で始めた。詳しくはこちらに書いています→まえおきと映画ベルサイユのばら
こうして一覧にすると「食」にまつわる本が多いなと思う。私は美味しい食べ物と、食べることそのものが好きなので、自然に手が伸びるのだと思う。
アンソロジー お弁当。
キッチン
文字の食卓
焼き餃子と名画座ーわたしの東京 味歩きー
一汁一菜でよいという提案
半神
翻訳できない世界のことば
バッタを倒しにアフリカへ
蒼穹の昴
アンソロジー お弁当。
著者:阿川佐和子ほか 2013年
随筆家、小説家、文章家たちが、それぞれ「お弁当」をテーマに綴った41編のエッセイ等を収録したアンソロジー。一冊の中に、それぞれの「お弁当」の形が詰まっている。アルマイトのお弁当箱、日の丸弁当。お弁当を通じて、それぞれの人の人となりや家庭環境、子どもの頃の思い出などが見えてくる。同じ「お弁当」でも、作る人や食べる人によって、そこに込められているものがまったく違う。食べ物の話なんだけど、その人の人生を覗いているような感覚になる。中でも、お弁当を食べるだけの劇画タッチの漫画が秀逸で、強く印象に残った。
キッチン
著者:吉本ばなな 1988年
あらすじ:祖母と二人で暮らしていた大学生の桜井みかげは、祖母を亡くして一人になる。そんな彼女を、祖母の知人である田辺雄一とその母が自宅に招き入れ、みかげは二人と一緒に暮らすことになる。みかげは新しい人間関係の中で少しずつ再生していく。
「私がこの世でいちばん好きな場所は台所だと思う。」という、冒頭の文章と、最後に出てくるカツ丼がとても印象に残っている。大切な人を亡くしたときの絶望や孤独が描かれている一方で、血のつながりや恋愛といった名前のついた関係だけでは説明できない、人と人との深いつながりも描かれている。みかげと雄一の関係は、家族とも恋人とも言い切れない。それでも、喪失を抱えた人間同士が寄り添うことで、少しずつ生きる方向へ戻っていく。
最後のカツ丼は、悲しみや孤独の中にある、それでも生きていくという意思と結びついていて、強く印象に残る。大きな出来事よりも、日常の中にある食事や人とのつながりを通して、生きることを描いた作品だと思う。
文字の食卓
著者:正木香子 2013年
フォントって素敵だと思わせてくれる本。フォントの形そのものが持っている雰囲気や美しさ、面白さに注目し、フォントへのフェチズムが詰まっている一冊。受ける印象を食に例えている。確かに同じ文章でも、使われているフォントによって、受ける印象がまったく違うなと思う。
焼き餃子と名画座ーわたしの東京 味歩きー
著者:平松洋子 2012年
料理や食文化について多くのエッセイを執筆している平松洋子さんが、東京で出会ったさまざまな「味」を綴ったエッセイ集。近所の喫茶店から老舗の名店まで、東京にあるさまざまな店と、そこで味わう食べ物が紹介されている。実際には行ったことのないお店について書かれているのに、読んでいると、自分までその店に行って食事をしているような気分になる。料理そのものだけではなく、店の雰囲気や、どのように食べるのがおいしいのかまで細かく描写されているので、読んでいると、とにかくお腹が空いてくる。この本を片手に、東京の街を歩きたくなる。
一汁一菜でよいという提案
著者:土井善晴 2016年
料理研究家の土井善晴さんが、毎日の家庭料理について提案する一冊。家庭料理の役割や食文化の変遷にも触れる。一汁一菜を基本とし、ご飯と具だくさんの味噌汁を用意すれば、それだけで十分な食事になるという考え方を紹介している。毎日きちんと何品も料理を作らなければならないと思っていると、食事作りそのものが負担になってしまう。でも、一汁一菜でいいと思えば、ずっと気楽になる。たいして手間をかけていなくてもいい。見栄えが良くなくてもいい。それでも、ちゃんと食事になる。少し肩の力を抜くことができる本だった。
半神
著者:萩尾望都 1984年(雑誌掲載)
腰の部分で身体がつながった結合双生児として生まれた、二人の少女を描いた短編漫画。一人は言葉を話すこともできないが、美しい容姿を持っている。もう一人は知性に恵まれているものの、容姿には恵まれていない。
身体がつながっているため、離れて生きることもできない。愛情を抱きながらも、同時に相手の存在自体を憎んでしまうという複雑な感情が描かれている。単純な家族愛ではなく、愛情と嫉妬、憎しみが入り混じった、人間の感情そのものを描いた話だと思った。16ページの短い漫画なのに、読後に強い余韻が残る。凄まじい作品。
翻訳できない世界のことば
エラ・フランシス・サンダース著/前田まゆみ訳 2016年
世界各地の言語に存在する、一言では翻訳できない言葉を集め、それぞれの意味やニュアンスをイラストとともに紹介した本。著者自身がさまざまな場所で暮らした経験を持つイラストレーターで、言葉だけではなく、その背景にある文化や土地、人々の感覚まで含めて紹介している。
映画や本などを通して外国の言葉に触れると、日本語に訳されている文章を読むことになる。でも、本来言葉には、その土地の文化や食べ物、風景、暮らしなど、辞書的な意味だけでは表現できないものも含まれている。この本はその言語だからこそ表現できる感覚を、言葉とイラストで紹介している。
イラストがとてもかわいらしく、絵を眺めているだけでも楽しい。言葉の意味を知ることで、その言葉が生まれた土地や文化にも想像が広がっていく。言葉にできないものは美しいと思った。日本語にも「わび」「さび」など、他の言語にそのまま置き換えることが難しい言葉がある。普段何気なく使っている言葉についても、改めて考えてみたくなる本。
バッタを倒しにアフリカへ
前野ウルド浩太郎 2017年
研究者である前野ウルド浩太郎さんが、ポスドク(博士号取得後の任期付き研究職)時代に、アフリカ・モーリタニアでサバクトビバッタの研究に取り組んだ日々を綴った本。バッタの生態や研究生活だけでなく、現地の人々との交流や、アフリカでの暮らし、研究者としての苦労なども描かれている。専門書というより、エッセイやブログ、旅行記のような読みやすさがあり、とても面白い。表紙の写真も面白い。
アフリカでは、バッタが大量発生して大群となり、農作物を食い荒らすことで深刻な食糧問題を引き起こす。日本で身近に見るバッタとはまったく違う種類で、大きく、外皮も硬く、外敵も少なく、毒を持つ種類もいるため、簡単には駆除できない。
そんなバッタを研究するため、著者はモーリタニアへ赴く。現地での研究生活は思い通りにはいかず、調査に苦労したりする。専門的な話も出てくるが、本人のブログを読んでいるような感覚。現地の人々との交流も面白く、ハートフルなエピソードもある。ティジャニという、運転手として雇った男性が出てくるのだが、いろいろぶっ飛んでいて、彼と築く友情が良い。
バッタの生態だけでなく、モーリタニアで暮らす人々の暮らしなど、知らなかった世界を知ることができる本だった。現地やバッタの写真もたくさん掲載されていて、より身近に感じられる。虫が苦手な人は注意!
蒼穹の昴
著者:浅田次郎 1996年
あらすじ:清朝末期の中国を舞台に、二人の幼なじみを中心に描かれる歴史小説。貧しい春児(チュンル)は宦官となり、西太后の側近として宮廷に入る。一方、文秀(ウェンシウ)は科挙に合格して官僚となる。異なる道を歩む二人は、やがて政治的に対立する立場となっていく。
宝塚歌劇団で舞台化されたことをきっかけに読んだ。主人公達は架空の人物だが、実在の人物も登場する。崩れてゆく政治、社会の中で、庶民や宮廷の視点から深掘りしていく。複雑な政治情勢が描かれているが、人物の描写や心理描写がとても丁寧なので、登場人物たちの感情がひしひしと伝わってくる。
春児の主人公感と、文秀のスター感がものすごく、宝塚で舞台化するのも頷ける。科挙の試験が過酷すぎて、東大受験とかの比ではない(知らないけど)。歴史小説でありながら読みやすく、登場人物たちの人生を追っていくうちに、清王朝末期という時代にも興味が湧いてくる。