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亜月ねね『みいちゃんと山田さん』各巻感想(番外2)~『無責任』がもたらすもの~

黒犬
·
公開:2026/10/4

<作者への自宅凸騒動>

 本来なら、今回は『みいちゃんと山田さん』7巻の感想回になる予定だった。まあ普通に、何事も無かったかの様に感想を書いて終わっても良かったんだろうとは思う。ただ、ここに来て作者の亜月ねね氏の自宅住所が特定され、自宅前で写真や動画が撮影されるという事態になってしまった。これもまた人間の悪意だな、と自分は思う。自宅等に直接押しかける行為は『凸』(凸(とつ)=突撃する。この場合、特定の住所に押しかけるという意味)とか、『けんま』という用語で呼ばれている。

 そうやってSNSにアップされた写真の中には、撮影者と思しき人物が片手に障害者手帳(のカバーだけ?)を持っているものもあり、あたかも障がい者が作者に対する抗議のために自宅に押しかけているかの様な印象が広まった。実際、写真に写っている緑色のカバーの障害者手帳は、東京都の精神障害者保健福祉手帳だ。

 障害福祉に馴染みがない方が多いと思うので説明すると、障害者手帳には3種類あり、身体障がい者に交付される『身体障害者手帳』、知的障がい者に交付される『療育手帳(東京都の場合、愛の手帳)』、精神障がい者に交付される『精神障害者保健福祉手帳』がある。それぞれカバーの色が異なるので、写真を見ればどの障害者手帳か判別する事ができるし、どの都道府県から交付されたものかもカバーの表面に書かれている。(東京都、京都府など)

 自分も今回の件があるまで知らなかったのだけれど、この障害者手帳のカバーはメルカリ等のフリマアプリ上で出品されている事があり、中には既に落札されているものもある。価格も数千円と、あのビニール製のいかにも安いペラペラなカバーに付ける価格としては高すぎるにもかかわらず。もちろん、カバーだけで中身がなければ障害者手帳として使えないし、身分証明書にもならない。自分が所持している障害者手帳やカバーを汚損、紛失してしまった場合であれば再交付の手続きができる筈なので、高いお金を払ってフリマでカバーだけを買う人物というのは最初から悪用目的なんだろうなという気はする。売る方は小遣い稼ぎなのかもしれないけれど。まさか地方自治体の職員による横流しではないと思いたい。

 まあそんな、真偽不明なものではあるけれど『障がい者が作者の自宅前に行って撮った』とされる写真が拡散され、その後も様子を伺いに実際に自宅周辺に行った者から「玄関前に監視カメラがあった」だとか「警察(『国営セコム』『国セコ』とも呼ばれている)が自宅周辺で張ってる」だとか、追加レポートの様なものまで上がり始める事態になった。自分はそうした事をしているXアカウントのポストをブックマークしておいて様子をうかがっていたのだけれど、その内のいくつかは凍結されたか問題の投稿を削除したか、何らかの対応を取ったらしく、ブックマークしたポストは消えていた。だが、詳細は不明だ。というか、自分はそういうもののウォッチャーでも何でもないのでこれ以上追い掛けはしないけれど。

 自分が嫌なのは、また『これだから障がい者はヤバいよな』的な障がい者バッシングの燃料としてこの写真が使われる事だし、実際にその声は少なからずあった。そもそも自分が『みい山』の問題点を指摘しているのも、社会福祉法人の職員として自分が日々関わっている様な重度知的障がい者の方々や、そのご家族への偏見やヘイトが強まる事を危惧しているからだが、その立場からすると今回の騒動は最悪だと言える。ただでさえ問題を背負わされる事が多い障がい者やその家族に、これ以上変な負担を増やすな、迷惑をかけるなと言いたい。正直、既存の問題だけで手一杯なのに、これ以上面倒事を増やされたらたまったものではない。実際に自宅前に行ったのが精神障がい者だったとしてもこの考えは変わらないが、もうひとつ危惧する事として『健常者が障がい者をそそのかして自宅凸をさせていた場合』というものがある。

<『触法障がい者』と『悪い仲間』>

『触法障がい者』という言葉がある。

『触法』とは『法律に違反すること』『法律に触れる行為をすること』を指し、『触法障がい者』とは窃盗などの違法行為を行ってしまった障がい者を指している。その他にも「障害特性によって窃盗などの犯罪行為を繰り返してしまう障がい者」の事を指したりもしているのだけれど、この言葉は正式な法律用語等ではないため、少し扱いが難しい。こうした言葉を使う事そのものが障がい者に対する偏見につながるのではないかという危惧もある。

 ただ、『みい山』の中でも描かれていた様に、罪の意識が薄いまま犯罪行為に至ってしまうケース(おつりの渡し忘れで食い違ってしまったレジ内のお金を合わせるためにおつりを盗む)や、相手から求められると断れない(NG無しの風俗)など、障害がある事に付け込まれて犯罪に加担させられるケースもあり、そういったものからいかに障がい者を守るべきか、悪い誘いから遠ざけるべきかは福祉にとって重要なテーマのひとつだ。

 実際、近年社会問題化している『トクリュウ(匿名・流動型犯罪グループ)』が、犯罪の実行役として知的障害や発達障害のグレーゾーンに位置する人々を勧誘し、捨て駒の様に使っているケースもあるという。その他にも昔で言う『悪い仲間』の様な人間に目をつけられ、「一緒に遊んでやっているんだから奢れ」とか「遊びに行くから車を出せ」という風に、金銭の搾取や使い走りの様な扱いをされる等のトラブルもあると聞く。

 そんな状況を知っていると、たとえば「お前、面白いからこの住所に行って手帳と一緒に写真撮って来いよ」というやり取りが起こる可能性もゼロではないんだろうなと感じる。断ったら責められる、仲間から追い出される、暴力を受けるなど、断り切れない状況に追い込んで行動を起こさせて、それを悪い仲間が面白おかしく消費するなんていう事は、大なり小なりどこででも行われている。相手が健常者であっても。万引きして来いっていうのはいじめの定番ネタだったし、今回の自宅凸もそういったネタのひとつに使われる恐れはある。そして、そうやってそそのかした奴は大抵、「こいつが自分でやるって言ったんで」みたいな逃げ方をして責任を取ろうとしない。

 重ねて言うが、本当にうんざりする。これ以上余計な問題を増やすな。

<自分は何について怒るか、何を批判するか>

 こんな事を書いて自宅凸をする人やさせる奴を批判すると、『お前は作者を庇っている』とか見当違いな事を言われる訳だが、実際、自分はかなり『みい山』を批判的に読んでいるし、作者を庇う理由もない。この最初の感想とか、今読み返しても自分はかなり怒っている。相手を罵る様な言葉を使っていないからそんなに怒り狂っている様に見えないだけだ。

 この感想を書いた時には、まだシリーズ累計発行部数は280万部だと言われていたけれど、最終巻が発売された現在は300万部だと言われている。漫画の内容について自分はまだ怒っているが、ここに来て自分の怒りは作者よりも講談社、編集部に向かいつつある。

 あの内容の漫画を300万部売って、それをアニメ化する決定を下し、アニメ化発表が炎上して社会問題化した結果、紆余曲折を経て作者の自宅が特定されてネットの玩具にされている。そんな中で今、作品名を冠した公式Xアカウントには何の動きもない。スピンオフ漫画の更新だけを告知するbotと化している。トップに固定されたポストは7巻発売当日の宣伝から変わらず、現在の自宅凸騒動に対するコメントもなければ、一般社団法人日本自閉症協会が出した意見書に向き合おうとする姿勢も一切ない。講談社のHPにも本件に関する声明は一切ないし、ニュースリリースもない。

 端的に言って、自覚が足りない。

 自覚とは何か。それは出版社が作者と一緒になって300万部という数字を作った『みい山』に対する責任だ。そこには炎上から作者を守る責任も含まれるし、障がい者に対して与えた悪影響に対して何らかの行動を起こす責任だってある。実際に『みいちゃん』と呼ばれ、からかわれる障害当事者が出た事、それに懸念を示す親がいる事、そういうひとつひとつの問題に背を向け口を閉ざし、黙っていればそのうちみんな忘れてくれて炎上も収まるだろうと高をくくった結果がこの有り様だ。今発生している自宅凸は、もう『みい山』の内容についての問題でもなければ作者への批判でもない。何なら漫画を読んですらいないし、漫画にも障害福祉にも差別の問題にも一切興味関心がない様な人間が、作者を玩具にして遊んでいる。だからもう遅い。連中が次の玩具を見つけるまで、この『祭り』は続く。それは結果として精神障がい者への偏見や差別意識を育て、ただでさえ問題が山積している障害福祉に更に負担をかける。

 自分の怒りは、こうした『障がい者とその家族が余計な負担や心労を背負わされる事』に向いている。だから作者が自宅に凸されるのを自業自得だとか因果応報だとか言って喜ぶ気がしない。もちろん障害福祉の世界からある程度遠い場所にいる一般の読者なら、こう言っては何だけれどあの漫画の内容で『稼いだ』事そのものに対して怒り、作者や出版社を批判する態度はあっていい。それが間違っているとは言っていない。ただ自分の様に障害福祉に対する悪影響と障がい者そのものに対する偏見の助長、差別の誘発が許せない、という立場からすると、作者の自宅に押しかける様な行為は絶対に容認できないというだけの話だ。それは問題を増やすだけで、障害福祉の分野には何ひとつ寄与しない。むしろ新たな問題を積み増していく。

 守秘義務に気を付けながら話さなければならない仕事をしているともどかしいのだけれど、出版社や作者はもちろん、作者の個人情報を掘り返して拡散したり、自宅凸を見て面白がって終わりにできる人間は、障がい児や障がい者本人とその家族が常日頃どれだけ社会から排除され窮屈な思いをしながら暮らしているのか考えた事があるのか。何で障がい者の親が、自ら福祉施設を立ち上げたり、福祉職員になったりしなければならないか考えた事があるのか。それは一般企業が障がい者やその家族を雇用する事を避けているからだ。特に家族の場合、個人の能力に問題はなく、何なら優れている様な人材でも、子どもの送迎や通所施設からの呼び出し(体調不良時の対応など)による早退等で短時間労働になってしまいがちで、それは「フルタイムで勤務できない人は困る」「残業もしてもらえないと困る」「有給休暇の取得率が高すぎる」等の企業側の都合で労働市場から排除される原因にもなっている。障がい者本人の場合は、そこに「『合理的配慮』が企業にとって負担である」といった更なる問題が積み重なり、やっとメスが入り始めた『障がい者雇用代行ビジネス』等の抜け穴を使って、小手先の数合わせをすればそれで良しとする風潮もある。他にもあの手この手で障がい者とその家族、また障害福祉の制度そのものが搾取されているし、その現状は市川亨氏の著書『障害者福祉ビジネス 食いものにされる税金と利用者』に詳しい。

 自分はそうした現状を日々目の当たりにしているから、少しでも障がい者やその家族の負担が増える様な行為は、作者や出版社に対する擁護であろうとバッシングであろうと同様に批判する。もしも今後自宅凸が何らかの事件に繋がったり、逮捕者を出したりする結果になった時、ネット上で作者の個人情報を掘ったり拡散したりしていた連中は一切責任を取らないだろう。その無責任さは、『みい山』問題に対する出版社の無責任さと根本的には何も変わらないし、何ならそれよりも酷い。誰も彼も、自分がしている事が何に繋がっているのか、どんな問題を引き起こしているのかに対する自覚が足りない。もっと真面目にやれ。

 作品に抗議しろ。作者を玩具にするな。

@kuroinu2501
あまり吠えない犬です。