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亜月ねね『みいちゃんと山田さん』1巻感想(2)~ムウちゃんは『正しい障がい者』なのか~

黒犬
·
公開:2026/8/11

<『正しい障がい者=ムウちゃん』という思い込み>

 『みい山』の1巻について。自分にとっては、この時点ではむしろムウちゃんの扱いの方が大きな問題だと思う。

 ムウちゃんはみいちゃんの保育園からの友達で、一緒に東京に出て来たものの、風俗で働き、万引きを繰り返して収監される。その際の知能テストで知的障がい者ではないかとの懸念が示され、刑期を終えて出所した後、福祉に繋がり、障がい者手帳(療育手帳)を取得し、障害福祉サービスを受ける事になる。

 自分も詳しくなかったのだけれど、この「収監された人物が全員知能テストをを受ける」というのは作中で描かれた通りで、統計結果も法務省HPで公表されている。

 そして、『地域生活定着促進事業』についても以下の通り厚労省のHPに記載がある。

 ムウちゃんは、こうした福祉制度によって救われた『福祉の成功例』としてキャラ付けされている。その裏側には当然『失敗例であるみいちゃん』がいる。でもその単純な対比は、本当に正しいのか。

 障害福祉の実態を知らない多くの読者からすれば、このみいちゃんとムウちゃんの違いは「大人の言う事をよく聞いて素直に従う事で救われたムウちゃん」「プライドが高くて自分の障害特性を認めず、また一緒に立ちんぼをしようとムウちゃんを悪い道に誘うみいちゃん」という単純な表裏の様に受け取られてしまいかねない。実際、SNS上では「みいちゃんが救われないのは福祉の手を自分自身で払い除けたからで、自業自得だ」という意見も散見された。

 だから自分は書く。現実は『みいちゃんの自業自得』の様に単純な話ではない事を。

 出所後にムウちゃんが行っている『ホチキスの針を箱に詰めるお仕事』というのは、恐らく『就労継続支援B型』という障害福祉サービスを行う事業所が受けている仕事だ。就労継続支援にはA型もあり、A型とB型の違いは主に「利用者と雇用契約を結ぶかどうか(最低賃金以上の工賃を払うかどうか)」にある。以前Xでまとめた事もある。

 ムウちゃんは施設の職員に仕事ぶりを褒められ、やりがいを感じ、嬉しそうにしている。でも、その一方でB型の仕事はどれだけやっても内職レベルのもので、1ヶ月の工賃も恐らく最低賃金には全く届かない。生活保護と合わせるか、障害基礎年金を受給するか、親元で暮らすかといった、生活基盤の確保ができないと、B型の収入だけではとても自立して暮らせない。

 作業所に通う日々で助かる事は、ただ日中通う場所があって、様子を見てくれる福祉職員がいて、困りごとを相談できる相談支援専門員が担当に付いてくれて、リスクを犯して風俗店で働いたり夜の街で立ちんぼをしたりせずに済む事と、また万引きを繰り返して触法障がい者として逮捕される様な事が未然に防げるかもしれないというだけだ。それでムウちゃんが満足している様に描かれているのは作者の意図であって現実ではないし、仮に現実だったとしても、ムウちゃん以外の知的障がい者全員に同じ方法を適用すれば、全員が同じ様に満足して問題が全て解決するのかというとそうじゃない。

 障がい者は、みんながそれぞれ異なる価値観を持って生きている人間だからだ。

 知的障がい者も、身体障がい者も、精神障がい者も、みんな個人だ。個人の意思は、価値観は、ひとりひとり違って当然だ。自閉症ならこうすればいいとか、発達障害はこうすべきだとか、そういう取説じみた解決方法はない。仮に同じ種類の障がいで、同じ施設に通うのだとしても、AさんとBさんとでは全く異なる支援が必要になるし、だから『個別支援計画』というものがある。ちゃんとした福祉は、オーダーメイドの服の様にその人に合わせなければならない。吊るしの服を着られれば事が済む健常者の世界とは違う。

 ちゃんとした仕事に就きたい障がい者の中には、もっと高度な仕事ができるのに、在宅ワークだとか軽作業といった、やりがいがなく何のスキル向上も見込めない、名ばかりの就労継続支援に囲われてしまう人がいる。それは『みい山』で言えば、「ムウちゃんはホチキス針の箱詰めをずっと頑張ってやっていればいい」という事だ。

 本人が褒められて喜んでいるからとか、嫌がっていないからとか、どうせ健常者と同じ様には働けないんだから、とか。本人の意思確認をした訳でもないのに周囲が勝手に決めてしまう。本当の希望は、他にあるかもしれないのに。

 その多様な障がい者本人の『本当の希望』を、願いを受け止めるだけの受け皿が現実に用意できないのは、健常者の側がそれだけ障害福祉を甘く見て、問題解決に真剣にならず、いつまでも課題を先送りにしてきたからであって、障がい者がわがままだからではない。『インクルーシブ教育』とか、『アファーマティブアクション』とかいう言葉はよく聞く様になったかもしれないけれど、共生社会はまだ実現していない。大体、就労継続支援A型事業所で週5日フルタイムで働いて最低賃金が発生するなら、そのレベルの人は一般企業が障がい者雇用で直接雇う事ができるはずだ。それができないどころか、『障がい者雇用代行ビジネス』の様な抜け道が存在するのは、誰も本気で共生なんか考えていないと白状しているに等しい。

 共生社会までは道半ばどころの話じゃない。道を通すために刃物片手に生い茂る草木を刈りまくっている様な段階だ。それも人力で。

 この理想を簡単に言えば、みいちゃんの様に、作業所に通うのが嫌なら嫌だってはっきり言っていいという事だ。「もっとカッコイイのがいいの!」って言っていい。障がい者の仕事といえばホチキス針の箱詰めや菓子箱折りや封書詰めや畑仕事だ、みたいに『健常者側が用意してきたメニュー』を飲まないと社会に居場所が与えられないっていう状況は、障がい者に選択肢を用意しているとは言わない。

 押井守の小説版『Avalon 灰色の貴婦人』内の描写じゃないけれど、「タダで配給されるディストピア飯」(本物の肉の代わりに合成蛋白肉とかが入っている)みたいに、何を選ぶかというより『どれを盆に載せないかの自由が存在するだけ』という状況の中で、健常者側がムウちゃんの様な登場人物を成功例として「良かった良かった」「これが障がい者のあるべき姿だ」「みいちゃんももっと素直なら救えたのに」ってやってるのは、福祉関係者から見た場合、相当グロい。見るに耐えない。

 『みい山』は障害福祉の現実を描く漫画じゃないから、と言われればその通りなのだけれど、この『正しい障がい者=ムウちゃん』という思い込みは、自分だって社会福祉法人で働いていなければそう思うよな、と感じるだけにたちが悪い。

<『搾取される障がい者』という現実>

 健常者側から見えない現実では、ムウちゃんの様な『素直な障がい者』が悪質な事業者に囲い込まれて本当の『公金チューチュー』(この言葉マジで大嫌いなんだが敢えて使う)の材料にされていたりする。『美味しんぼ』の山岡士郎じゃないけど、「俺につき合ってもらおう、おまえに本物の公金チューチューがどんなものか教えてやる」くらいは言っていいと思っている。

 『絆ホールディングス』というとんでもない企業がある。

 朝日新聞の記事がコンパクトにまとまっていて読みやすいのでは、と思うけれど、数ある不正受給案件の中で、『約79億円を不正受給』というのは、事態をそこまで放置した国や地方の責任を合わせて考えても突出している。

 ざっくり言うと、『就労移行支援体制加算』という報酬を不正請求するために、『36カ月プロジェクト』と称してグループ内企業と就労継続支援A型事業所の間で囲い込んだ障がい者を行ったり来たりさせ、あたかもたくさんの障がい者が一般企業に就職できたかの様な実態のない支援実績を積み上げて加算をだまし取ったという事だ。いかれている。しかもこれ一社の問題かと言うと、就労継続支援という障害福祉サービスでは、他にも悪徳な(というか適当な)事業者が多数あり、様々な形で障がい者をダシに金儲けをしているので取り締まりの手が回っていない。(もちろん、誠実にやっている事業所だってあるけれど)

 自分は社会福祉法人の職員だから知っているけれど、そもそもこういう悪徳な事業所が乱立した原因は、規制緩和と『悪質な開業支援コンサル』(又はフランチャイズ)にあると思っている。要は障害福祉サービス事業所を立ち上げやすくして、コンサル料やフランチャイズ料を取ったりする事が飯の種という企業があり、開業させれば開業させただけ利益が上がるので悪質な経営者を弾くどころか招き入れ、そうした悪質経営者が不正受給等の問題を起こせば、そいつ個人に責任を被せてバックレるという無法地帯ができている。そういう悪徳コンサルからのダイレクトメールを見た事があるけれど、「メダカの飼育や昆虫の飼育、キノコ栽培などは利益を上げやすくて、簡単な業務だから障がい者でもできます」「福祉サービスの収入は安定しているので、あなたもローリスクで起業できます」みたいな、福祉を舐め腐った文言が並んでいて終わっていると思った。山岡士郎どころか海原雄山になる所だった。「このB型事業所を作ったのは誰だあっ!」「やかましい! 制度の良し悪し以前の問題だ、こやつには福祉をする資格がないっ!!」とか。

 それで、こういった悪質な事業者と戦っているのは「自分は黙ってない」という気概を持った障がい者だ。「自分は搾取されている」「自分は不当に扱われている」と言える方々だ。

 本当は、当事者にそんな戦いをさせるまでもなく、健常者側が自浄作用を発揮するべきだ。ただ、現状それはできていない。できていないどころか自ら悪質な事業所を立ち上げて、『公金チューチュー』(マジでこの言葉吐き気がする)に乗り出そうとするクズがいて、その上にコンサルやらフランチャイズやら人材紹介業者やらが乗っかっている始末だ。

 ヤクザや『トクリュウ』(匿名・流動型犯罪グループ)じゃないんだからさ。

 搾取は、夜の街にだけ存在するものじゃない。上手い事やってる奴はむしろ昼の世界の方にいて、自分は合法の範囲から出ずに、不正受給なんかの違反行為をやってる側から間接的に報酬の一部を吸い上げている。

<キャラクター化される障がい者と助長される偏見>

 長々と書いたけれど、これらは一見『みい山』とは関係ない話の様に聞こえると思う。ただここから見える事もあって、『みい山』で描かれている障がい者の解像度と、キャバクラをはじめとした夜の街の解像度は全く違うという事だ。

 山田さんが見ている夜の街は、作者やその友人の体験を元にしてある程度解像度高く描かれているんだろう。(自分は夜職の世界に寄り付かないから余計にそう思うのかもしれないけれど)

 一方で、みいちゃんやムウちゃんといった障がい者を描く時のそれは一面的で、画一的だ。1巻の範囲でもみいちゃんやムウちゃんが『猫口』で描かれているけれど、先の事を書いてしまえば次巻以降でもその傾向はあって、みいちゃんの両親も、その他の登場人物も、知的障害や発達障害が疑われる登場人物は多くがこの顔をしていて、それは作者が意図して『障がい者』という同じ箱に登場人物を入れ込んでいるから起きる作画なんだろうと思う。

 他の登場人物は夜職の人々も含めてそれぞれの顔を描き分けられているのに、障がい者はキャラクター化されて、『同じ仲間』の箱に入れられている。それはみいちゃんが酷い事をされても(しても)生々しくならないためにオブラートに包んでいるだけなのかもしれない。作者からすれば気を遣った、配慮した作画なのかもしれない。でも自分には、その作画が、作者の意図が凄く気になる。これは漫画だから。

 作画には作者の意図が反映されている。そこに描かれているものには、意識されたものも無意識のものもあるだろうけれど、無意味なものはない。

 昔、小林よしのり氏が『ゴーマニズム宣言』等を書いていた時が分かりやすかったと思う。「自分に賛成する人、同じ意見を持つ仲間は整った顔つきで描く」「意見が違う人、嫌いな人の顔は架空のキャラクターだろうと実在の人物だろうと強くデフォルメされた悪い表情で描く」(調べたら今もまだ同じテクニックを使っていて引いた)

 小林よしのり氏の場合は読者に与える印象を操作するために、完全に意図的にやっている。『みい山』はどうなんだろう。意図していなくても、結果として同じ効果が出てしまう事に変わりはない。それは『偏見を助長して行く』という事だ。

 そしてこれも無意識なのだろうけれど、もうひとつ『みい山』には特徴があると思う。

 それは、『男性嫌悪』だ。

@kuroinu2501
あまり吠えない犬です。