
以前述べたが、鉄魚なる魚を飼っている。名を、『ふかひれ』という。「ペットは食べ物の名前にすると長生きする」という説があると聞いたので、魚関係の食べ物の名前にした。二〇二一年生まれで、翌年うちに来た。体の形からして多分女子だろうと思っている。
鉄魚とは、フナと金魚の交雑種といわれているが、フナとも金魚ともなんかちょっと具合が違う魚だ。フナについては幼稚園児の頃に川で捕まえたのを一時期飼育していたものの、本当に短期間ですぐ川にリリースされてしまったのでよくわからないが、金魚は数年前まで飼っていたので違いがよくわかる。金魚は比較的エサを選ばずモリモリ食べてどんどんぐんぐん大きくなる。一方、鉄魚は意外とそうでもない。うちにいる『ふかひれ』は赤虫で育ったからか赤虫しか食べない。人工飼料は「コレジャナイ」とペッとしてしまう。違いがわかり、こだわりがある女――それが『ふかひれ』だ。さすが高級食材の名を持つ女である。
何故、鉄魚を飼っているのか。
話せば長くなる。覚悟はいいか? よし、いくぞ。
鉄魚は、私が十年近く憧れ続けていた魚である。金魚を飼い始めた当初、鉄色のコメットというちょっと珍しい色味の子を選んだのだが、その直後に鉄魚という魚を知ってしまった。
鉄色コメットと似ていてそんなに派手な色ではないけれど、ふわふわヒラヒラの長いヒレを持つ、まるで羽衣をまとう天女のような魚。一目惚れといっても過言ではない。
しかし一歩遅かった。既に金魚がいる。鉄魚も飼いたいと思ったものの、金魚と一緒の水槽に入れて交雑しちゃったらちょっとな……と思い、断念せざるを得なかった。そっくりではあるが違う魚、うっかり交雑させてしまってはいけないと思ったのだ。創作では異種婚はとかくもてはやされがちだが、現実はそうはいかない。水槽の中だけという限られた空間での生態系といえど、むやみやたらに交雑させてはならない。ヒトとしてそこは守らねば。
ところが約四年後、可愛がっていた金魚は死んでしまった。「上手に飼育すれば金魚は三十年生きる」と聞いて始めたチャレンジだったのだが、あっけなく数年で終わってしまった。そして軽くペットロスになり、そこから何年かは生体に向き合えなかった。ときどき「たかが金魚の死にとても心を痛めるキャラ」みたいなやつが笑いのネタにされることがあるが、とんでもない話である。何年もの間手間暇かけて水槽のメンテナンスをし、二度の引っ越しも共に乗り越えた仲の金魚の死というのは、想像以上のダメージをくらうのだ。
水槽の撤去された水槽台には、誕生日にもらった水耕栽培機が置かれた。リーフレタスを栽培していたが、しかしそれも四年と少しで壊れてしまい(元々いろいろ不安定だという評価の機械だった)、ある日とうとう配偶者から玄関に置いていた水槽台を処分すると告知された。
それを聞いたとき――何年も「水槽やりたい」「でも……」とためらい続けていた気持ちが吹っ飛んだ。
『いつか鉄魚を飼ってみたい』
『いつか』っていつ?
水槽台がなくなったら水槽置く場所ないよ?
やるっきゃないじゃん!
というわけで、急いでネットでポチり、紆余曲折を経て今に至る。
鉄魚はその身が鉄錆色をしているから鉄魚と呼ばれるのだという。しかし『ふかひれ』は全然錆びた色をしていない。キラキラの淡い金色だ。二、三年目くらいから色が変わったりすることもあるそうだが、今のところ色変わりしそうな様子は全然なく、依然金色のままである。
金色の鉄魚。でも金魚じゃない。金に似てるけど金じゃない、鉄。まるで愚者の黄金のよう。しかし愚者っていうのはなんかちょっとアレだな。シャンパンゴールド魚でいいんじゃない? なんかゴージャスだし。
そんな、高級ぶった名前で高級ぶった感じの色をした五百円(税込・別途送料)の彼女は、今日も元気に広い水槽の中をひとりで悠々スイスイやって、赤虫を食べている。
長生きしてね。