[往復書簡] カエルがはじめて鳴いた夜

フジイさんへ

お手紙ありがとうございました。フジイさんとウェブ上で往復書簡ができること、とてもうれしく思っています。少し前に『さびしさについて』という本を読んで往復書簡に憧れを持っていたので、こうして実現したことがわたしにとっては夢のようです。とは言っても、ふわふわと浮き足立つ感じはなく、なんていうんだろう、しずかな湖を眺めながらぽつぽつと話すような気持ちでこれを書いています。

フジイさんの「往復書簡みたいなことをしたい」という記事や、それにまつわるブルースカイでの投稿を読んで、わたしがまず思ったのは「フジイさんと往復書簡ができたらうれしいだろうなぁ」ということでした。楽しそうとかおもしろそうみたいな好奇心よりも、ゆったりとした充足感のようなイメージが浮かんできたんです。どうしてだろう。考えてみると、それはやっぱりフジイさんから発せられる言葉が好きだからなんだろうと思います。

この好きというのは信頼に近い気持ちです。よく知る仲でもないのにいったいなぜそう思えるのか自分でも不思議なのですが、もしかするとフジイさんが何かに葛藤したり悩んだりしているのをほんの少し知っているからかもしれません。そしてそれらをなかったことにせず、そこからはじめようとする姿をみるたび(聴くたび、読むたび)にその思いは確かになっていく気がします。そういう方から手紙という形で何かを伝えてもらえるとしたら、わたしにとってとても贅沢で幸せな体験になるだろうと思いました。

と同時に思ったのは、だからこそフジイさんが望む相手と実現できるのがいいなということでした。なんだかきれい事のように思われるかもしれませんが、こういうときわたしはいつだって「どうしても自分としてほしい」という気持ちにならないのです。いつもならきっと手を挙げずに終わったでしょう。でも今回はなんとなく違うことをしてみたくなった。それで、いろいろと考えた結果あのようなメッセージになりました。なるべく負担の少ない感じで伝わっていたらいいなと思います。


さて、フジイさんが紹介されていた米津玄師さんのインタビュー記事、わたしも読みました。しみじみとよいインタビューでしたね。あの記事を読んでいるとき、実はフジイさんのことが頭に浮かんでいました。ポッドキャストでお話されている内容と近いものを、わたしも感じたのだと思います。

わたしは普段SNSでフェミニズムについて何か言うことを意識的に避けているところがあります。女性として生きてきて不当な扱いを受けた経験は数え切れないほどあるし、あらゆる差別を解消しなければならないと思っているのに、です。なぜかというと、SNSで誰かとそのことについて共有するのは、たとえ同じ立場の者同士であっても難しさがあると思うから。できないとは思わないし言わないけれど、わたしには難しい。そして、その難しさに立ち向かう気力がないというのが正直なところです。

声を上げることや連帯することの大切さも頭ではわかっています。でも、声を上げないでいると「お前もぬくぬくと生きる、踏みにじる側の人間か」と言われ、何か言うと「あなたはちっとも理解していない。それを言うならこれとこれとこれくらいは読んでから発言すべき」と叱られることについては納得していないし、それってなんか違わない?と思います。どう考えてみても、他人の向き合い方や抵抗の仕方についてあれこれ言うのは違う気がする。SNSではしばしばこういうことが起きます。そのたびに疲弊していった結果、自分にできる範囲の勉強と抵抗を黙ってするようになりました。それでいいのかわかりませんが、女性のなかにはわたしのような悩みや葛藤を抱えている方が結構いるのではないかと想像しています。

そういう意味でも『虎に翼』には励まされることが多いです。女性も男性もいろんなひとがいて、志は同じでも考え方やアプローチはさまざまであることがきちんと描かれている。通りを行き交うひとたちにだってそれぞれのドラマがあるのだとわかる。もうそれだけで救われる気がします。おそらく今後は、違う者たちが違ったままで連帯していく姿も描かれるのではないかと思う。それをみて自分がどう感じ、変化していくのかとても興味があります。

また、物語のムードが「キレ」や「怒り」の一色に染まっていないのも好きなところです。それらはもちろん必要で、大きな力になり得る感情だけれど、それだけで物事やひとが動くわけではないと思うので。やはりどんなテーマも「ひと」を丁寧に見つめた作品がわたしは好きだし、おもしろいと感じます。毎日楽しみなものがある、というのはほんとうにいいものですね。


ところで、わたしと夫は来週結婚記念日を迎えます。2002年に結婚したので、22回目ということになるんでしょうか。(毎回どう数えるのが正しいかわからなくなります)まあとにかく、20年以上一緒にいるわけですが、いまだに発見があるというか、知らないことだらけだなぁと思います。もともと知らなかったところもあるだろうし、時を経て変わった部分もあるでしょうね。それはわたし自身にも言えることだろうと思います。それなのに、毎日の営みのなかではそのことをすっかり忘れて、ついついわかった気になったり、手順を省いたりしてしまう。もしかすると、フジイさんがおっしゃっていた思い込みもそういうものの1つかもしれないですね。近頃はこれじゃいかんなぁと思って、夫の話を最後まで聞くことを意識しているんですけど、意外とできていなくてがっかりします。

居酒屋のエピソードにあった千葉雅也さんについて、わたしは全く存じ上げなかったので夫なら知っているかもと思って聞いてみたんです。そうしたらやはり蔵書が数冊あるということで、そのなかから『現代思想入門』を貸してくれました。まだ少ししか読んでいないですけど、今のところとてもおもしろいです。何の知識もないわたしが読んでもおもしろく感じるってきっとすごいことだと思うので、焦らずゆっくり読みすすめていこうと思います。そういえば、あのあとフジイさんは『センスの哲学』を購入されましたか?千葉さんの著書と知ったあとどうされたかなぁと少し気になっています。


ジューンベリーの白い花が咲いている

最後に、うちの庭にあるジューンベリーの写真を置いておきます。ジューンベリーの実は甘酸っぱくてとてもおいしいのですが、実がなるとすぐに鳥たちがやってきて食べ尽くしてしまうので、われわれの口に入ることはほぼありません...。今年こそはひと粒くらい残しておいてね、と願うばかりです。

更新頻度については、わたしはだいたい1週間くらいでお返事できるといいなぁと考えています。もし何か事情があって遅くなりそうなときはご連絡しますね。

では、今日はこのへんで。これからもどうぞよろしくお願いします。

@nyankojitsu
うた子でございます