別れの挨拶-朝

pyxis
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公開:2025/3/11

朝7:00。

「おう、飛ぶか?」

ダテノダンケツからこう水を向けられると、最初にここを選んだのは失敗だったんじゃないかとすら思った。

「さっき20キロくらい走ったばかりですのよ。」

「それに、『日常』を堪能するために歩き回ってるといいますのに、殺生ったらありませんわ。」

「私たちにとっての『日常』は、やっぱりこれじゃない?」

「そういう意味じゃありませんわ…。」

ただ、マンタスカイの疑問も致し方がないと言うほかない。孤高のセリフが馴染んでしまっているのを自分でも自覚するほどに、やはり動かなければ仕方がない。

アドレナリンを、無理に抑えるというのは……。

「長いのは勘弁ですわ、適度に闘争心を削ぎ落すくらいで頼みますね。」

併せとは名ばかりの飛越練習だと思ったが、こう、すぐに「実践併走」になる。

少なくとも私のせいではない、と書いておこうか。

カチドキシャウトが吠えたから、それかユメミドリを少しからかったら、見事にハードラー全員の不興を買ったからか。

……後者だった場合はそれはさすがに私のせいか。

いずれにせよ、身を引くと決めたものと、意気溢れてその身をマサキにぶつけるものでは、血の温度に明確な差がある。致し方のないことなのだ。

アスリートは、感情に支配される生物だ。

そして、ウマ娘は生まれながらのアスリートだ。

だからだ。と言わせてもらおう。

「障害飛越を指導できる」程度に確かな技術。

「東京マラソンを戦える」程度に確かな体力。

その掛け算が、平凡に尽きる。

気力という波長を無視してしまうので、いくら「ここだ」と狙いすませた場所で踏み切ったとしても、思ったように足が浮くとは限らない。

走るにつれて、人並みに「負けたくない」とは思う、だからそれなりにはよくなっていく。

だが。

「という⸺っはっ⸺っわけでさ」

一つ、二つと咳ばらいをすれば、呼吸が元に戻る。

やはり、「この場では」全力を出しがたいのだろう。未練があれども。

「理想に生かされたウマ娘が、理想を手にしたら終わりだよね」

釈然としない、とダテノが頭を搔く。

「"潰してやるぞURA"って意気込んだのに、働きたいと思うくらいに未練があるわけだろ?」

「なのに、これってどうなんだ?」

今走っても、芝だろうが障害だろうが、ヘタしたらダートでさえ進学科やサポート科を置いていく実力は感じる。その上で、これが「ジャンプレースが生んだヒロイン:デュオモンテ」だとは感じがたい。

啖呵切っておきながらよくも、というミドリの苦言も、もっともだとしか言いようがない。マンタやウィリー、シャウトともどもに「私がガメた分、君たちが確固たるものにしてくれ」って言いながらも、その問いに答える。

「簡単なことだよ」

「レースより青春に未練があるって言ってるの。」

しん、と静まる。

「アスリートを不健康な習慣に引きずり込むってことはしないさ、私にだってマラソンがあるわけだから」

「でも、もっとアドレナリン切って話したいよ。」

「即:他人っていうのはさすがに無理がある。」

「無理無理無理。私って本当に未練がましいの。わかるでしょ、菊花賞出るためだけにあれだけ玉砕重ねたんだから」

すっかり、周囲の様相が変わっているのにも気が付かず、とにかく勢いだけで自分の言葉を活かし続ける。

「だから、競技だけでしかつながらないっていうのは本当に無理がある。キツい、はっきり言って。」

「たださ、入り込んじゃうと、優等生に徹しちゃうわけです。」

「学生なら、学生らしく。選手なら、選手らしく。」

「でも、友達なら、友達らしくっていうのができない。」

「なら、自分の立ち位置を変えるしかない。」

妙な空気感が流れる。

……それで思わず。

「悪く言えば、高みの見物がしたい。」

「そこで悪く言うのが、一番の悪癖。」

ミスティフォレストの一発。簡潔で的確な言葉で人を制する、「寸鉄人を刺す」とはまさにこれのことだ。

「アハハッ、いろいろ言っているくせに可愛らしいねぇ!」

「憑き物が落ちたって感じかなっ?」

イチョウナミキのフォローがとてもとても沁みるが、それでも言っておきたいことがあった。

「親しまれるべき環境に身を置けば、親しまれるようになれるのかなぁ。」

そう、友達作りが、とても下手だということ。

「ったく、力が出せなくなった理由がおセンチすぎるな」

「初日からずっとダチだろうがあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!」

「おまえがぁぁぁぁぁ!!!!!」

「お高く留まってるだけだぁぁぁぁぁぁ!!!!!」

「だからそれを実感できる立ち位置にいたい、ってうっさい、うっさいですわねこのっ…!!」

「至近距離で大声出さないでください耳ちぎれます」

「ダメだってダメだって!!」

「さて」

「実はね、お披露目したいんだよ。」

紙袋から、フォレストグリーンを取り出す。

「月末までは『トレセン学園陸上競技部・部長』。」

「来年は、『URA事業団陸上競技部キャプテン』にして『学園スポーツコーチ』。」

「トレーナーとか、ターフの関係性だと『不自由』だからね。君らの"上"とかゴメンだよ。」


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