朝8:00。
「てっきり引退撤回ルートなんじゃないかってある意味心配してたよねぇ」
「ま、学園は"卒業"できなくなりましたね。」
進学科のクラスルームに"凱旋"したことは数知れず。でも、これも今日で一区切りである。
卒業式前の、いわゆる「惰性の時間」である。
あっけらかんと「名門校行き決定だ、大学じゃねえぞ予備校だぞ」と笑う者。
最後の最後まで、と希望し続ける人。
そしてもちろん、桜が満開の人。
「ま、ある意味で卒業という運命を共にすることになったわけです。」
とてつもなくエキセントリックだけどね、と事情通に付け加えられる。
一応、進路は秘匿されている。
12時にプレスリリース、6時が記者会見だ。
噂が漏れるのは早いもの、というか普通の進学はまず難しいからこそ、カラクリがあるのは当然だと誰もが気が付くわけで。
その整理は、学校という組織の風習にのっとり、学級担任に任されることになった。
「ほいほーい、座った座った、いや座らなくてもいいや」
「記念写真撮るんだけど、その前に一つだけな」
「みんな気になってるコイツの進路だけ発表してもらおうな」
「スマホで撮ってもいいけど、一応SNSだけは勘弁ね」
「まあ…あと4時間だからどうでもいいってみんな言ってるけどさ」
お調子者が、「イヨッ」などと茶化すと、それに合わせて拍手が起こる。
「えー、受験生に対する裏切りを働いたわけですが」
苦笑が起こる。苦笑で済ませてくれる。最高だよ、君たち。
「なんとなく察せられる方もいますが、まあ……『東海道』はいいかなって思っちゃったんですよ」
「ちょっとね、この教室に愛着があるのも事実で、この学校に愛着があるのも事実なんです」
「それからなんやかんやがあって…………」
「就職することになったんですよ、"ここ"に。」
ジャージを広げて、ヘンテコな肩書を説明する。
トゥインクルシリーズの三女神の恩寵にあずかれなかった子たち、サポート科の学生たち。
世にも珍しい「大学体育」の授業が、とあるウマ娘に光をともしたのと同じように、「走るためだけ」とは到底思えないウマ娘の多彩な才能を引き出し、響かせあう場所をもっと身近に作りたいということ。
引退から1か月間、まずは「生徒」の身で準備してきた「トレセン学園陸上部」のこと。
それは一方ではカジュアルに、中高のウマ娘体育を補完する場所として。
また一方で、緑のジャージに身を包み、あるいは「TC」のエンブレムを背負って、「可能性を拡張する」ウマ娘を育てる場として。
全国に散らばる共学校、あるいは普通校になったウマ娘専門校の生徒たちに活力を与えるためには、「プロ」だけでなく「アマチュア」が必要なこと。
「福山駿女」「荒尾農業」「北海道ウマ娘御三家」「北関東ウマ娘御三家」⸺
「トレセン学園」の名を失った学校は21世紀だけでも枚挙にいとまがない。
それだけではない。古すぎて名残りだけが残っている「大阪長居駿麗」のような類型を含めば、いったいいくつあることやら。
だから、彼らのステージをもっと魅力的にする。
演説に力がこもる。同級生だからだろうか、それとも彼らが「未来の日本のリーダー」に見えるからだろうか。
「フェスティバル」はU.A.F.が受け持つ。
「アマチュア」は生徒と学校で作る。
「そして、その行く末に。」
「私たちは、エクエストリアニズムを、《矜持》を取り戻すのです。」
教室の端のポスターを指さす。
「締まらんなぁ、陸上部の宣伝ポスターは窓側の方じゃ」
「いえ、そっちで合ってます。太陽系のポスター。」
「2005年版、冥王星《ウラヌス》が惑星だったころのものにわざわざ張り替えたのですから。」