別れの挨拶-昼間放送

pyxis
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公開:2025/4/19

「11:00になりました、放送委員会からお昼の連絡をお知らせいたします。」

「初めに全校にかかわる情報です、本日一般生徒に開放されます校庭は第四コート、それ以外は午後のトレーニングの準備に宛てますから、ご協力をお願いいたします。」

「各コートのコンディションです。クッション値は⸺」

放送委員会。

土曜、日曜は寮生にとってのちょっとした娯楽になるが、平日の仕事といえばとてもシンプルなのだ。ある程度決まりきった文面を読む。日替わりの数字が入る。

機器のセッティングがカギとか、そういう側面はあれど。

とりわけ、この委員会は「普通」であることを忘れさせる立ち位置だ。

もちろん、所属している子の多くは「普通」の競技ウマ娘、あるいはそれを引退したあとに、セカンドキャリアへの滑走路のように使うこともある。さらにはサポート科生も多く在籍する。「普通」極まりない。

ただ、誰が何と言おうと、星はきれいなのだ。

「⸺以上で、お昼の業務連絡は終了です。第一放送室では引き続き、今週のゲストをお招きして、インタビューや音楽をお届けする『トレセンラジオ』をお届けします。」

「本日発表のレース出走抽選の結果につきましては、第二放送室より⸺」

面積が大きめの大学のキャンパスにも匹敵する学校。だからこそ使われていない放送室がいくつもある。

せっかくなら、「すべてをレースのために」という歪な青春に清凉剤を与えたい。そういうわけで、緊急ではないレース関係の連絡についてはチャンネルを切り替えようと提案したのは、中等部2年のころ。

そんな高尚な姿勢(?)が結実した結果が、すべてを「レースの変革」にささげた14か月である。皮肉なものだ。

取り戻したい、数えなおしたい。自分には何があって何がないのか。

今は少しでも、その恩返しを「ラチの外」に受け渡さないといけない、そう思っている。

「…じゃないね。あと一つだけ、ごめんなさい。」

「兼ねてより、当番のたびに宣伝させていただいていますが、『トレセン学園陸上競技部』について、本日の12:00から、Cコート内円で事前説明会を行います。」

「在校生の入部に関する諸手続き、来年の部長の選任など、実務上の手続きも行います。」

「ご興味をお持ちの方は、ぜひお越しください。」

……放送というのは、ままならないものだ。

常識から隔絶されて、自分ひとりで物語っていくのは危なっかしい。

単走の孤独とでもいうのだろうか。とにかく、あいあいともやいやいともいわれないDJボックスというのは、自分からやっている仕事だというのに、今でもなれないものである。

「えっと、まあ……そうですね。」

改めて、アナウンサーを目指せる人間の肝の座りように敬意を抱かざるを得なかったのだ。

「レース情報を御入用の方は教室のスピーカースイッチを『2』に切り替えて⸺」

マイク感度をゆっくりと下げる。

なんだかんだで4桁の人数で収まる放送でこれだけ緊張するのだ。

これからの大仕事、やはり自分をずいぶんと矮小なものと感じる。

その癖に万能感にあふれて。宙ぶらりんになった感覚に身をゆだねても何も進展しないことはわかっている。なのに、この感情はなんだろうか。

ただただ、自分が自分でなくなっていき、送ったこともない青春が、その味を知ることなく色あせていく感じがするのだ。

手に入らないものを高望みして、今どきの小学生だってしないようなわがままな態度を大義で覆い隠していた日々。

あれ以外に、私の青春というのは存在してはいけなかったのだろうか?

校内放送の原稿に目を通す。次いで自分のプレスリリースの原稿に。

校内新聞を目で追いかけながら、トゥインクルのWEB記事を親指でスワイプし続ける。「カタカナばっかりでわからないよ」とユメミノデンパに泣きついていたのが懐かしいかな。

はたと、その指を止める。想定問答に、校内新聞に、WEB記事に、同じことが書いていた。

「1月の動員数」

早朝に出会ったスピードシンボリさまなどのお歴々が足を踏み入れることになった理由だ。どうも足元がおぼつかなくなったようだ。

一過性のブームがあるなら、一過性のスランプもある。

小さな自分の力を振り絞って決めたタックルそのものは、学園やURAの職員と対等に話し合ってこそわかるが、やはり本当に小さい力だった。

時の流れ、ちょっとした新潮流。

1年前の自分にこれを聞かせたら、きっと諸手を上げて喜んでいただろうにな。

華のひと時を送っていたユメミノデンパと、大喧嘩したのも、懐かしいか。

「DuMo。」

「DuMo。」

「交代の放送委員が待ってる」

ブースを長いこと占領してしまっていた。

危うく放送事故だ。

ちょうど、ちょうど、この話をしなくてはいけなかったね。


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