一緒にはじめてみませんか?② 実際に日本語教室を見学した話

Talia
·
公開:2026/2/15

 この話のつづき。

そもそも日本語教室って?

 本題に入る前に、いくつか説明していなかった(できていなかった)ことを書いておこうと思う。

 そもそも日本語教室とは何か? 日本語学校とは何か違いがあるのか? という問いについては、やはり公のサイトを引用して説明した方が良いだろう。

 進級及び就職がゴールとなっている日本語学校と違って、日本語教育はもっと広義の“日本語学習”を支援するボランティア活動だと理解している。学習内容も文法だけじゃなくて、とにかく日本人と日本語で話したい、子供が持って帰ってくるプリントや宿題を一緒に読めるようになりたい、などのニーズに応えれる柔軟さを意識している、らしい。

 私が参加している講座や、見学した教室は行政がやっているものだけれど、民間でやっているものもあるらしかった。この辺はあまり詳しく調べれてないので気になった方はぜひ調べてみてほしい。

きっかけ

 私がこの「ボランティア入門講座」に応募、そして参加することにしたきっかけを書こうと思う。それは昨年7月の参院選の頃まで遡る。

 参院選の時期、私は選挙ボランティアに参加した。

 あまり活動的なことはしていない。やったことは証票貼りと電話掛け、街頭演説の予定も聞いていたけど時間が合わず参加しなかった。それでも良い経験になったしその時の勢いだったけど参加して良かったと思っている。ただ選挙後党員になってほしいという勧誘は断ってしまった。週2回以上の活動頻度が私にとって過負荷に思えたからだ。

 もう少し自分の内面にも焦点を当てると、2024年の都知事選まで遡るかもしれない。

 このしずインやBlueskyで何度か書いてるけれど、社会情勢が酷くて私のメンタルがブレた一番ひどい時期は2023年のTwitter→x転換期だった。今振り返ってみても、それは変わらないと思っている。ただ、2024年から徐々にメンタルを持ち直してきてから憤怒の代わりに私の心を占めるようになったのは、無力感だった。

 思い当たって検索してみたのだけれど、2021年の衆院選、2022年の参院選、2023年の統一地方選挙、2024年の都知事選と衆院選、2025年の参院選、そしてこの2026年の衆院選──私たちはここ数年毎年選挙に参加させられている。“参加させられている”と言って良い頻度だと思う。その度に左派政党は議席数を減らし、SNSでは互いに落ち込みながら慰め合う様子を目にし続けている。他国にも目を向けると、二期トランプの当選が決まったアメリカ大統領選挙は2024年だった。私たちのここ数年は、頻繁に繰り返される選挙に振り回されている。

 選挙に振り回されながら、徒労感と無力感が募っていくのは否定できなかった。平日は仕事をして、休日は体調を整えながらどうにか趣味に勤しむ時間を作る。「政治的なことは個人的なことであり、生活である」「選挙だけが政治ではない」──分かってはいるけれど、私たちが政治に、社会に、選挙に目を向ける時間は限られている。それなのに日に日に世界は悪くなっていく。日々を生きるだけで一所懸命なのに。

 数年前、怒りに我を忘れていたのとは違う形で心身に不調を感じている。右傾化と排外主義が増える中、仕事に追われ、趣味を追いかける日々──、それは“健康的で文化的な最低限度の生活”のはずなに、選挙のたびに無力感に打ちひしがれ「このままじゃダメだ」と感じてしまう。そして私は、そんな自分に焦りを感じていた。「何かしなければならない」と感じるようになり、それが正しいのか正しくないのか、今もわからないまま、私はとにかく「何かしたい」という気持ちでいっぱいになっている。

 そんな中私が始めたのが、選挙ボランティアと、放送大学と、朝日新聞モニターと、この「ボランティア入門講座」だった。

 この話はまた講座の話の後にも続けようと思う。

2026.02.XX 教室見学

 全部で5回ある講座の第4回目は、実際の日本語教室を見学する回だった。1回目の講義の時に見学の候補先が書かれたプリントを配られ、第3希望までを書くように言われた。私が住んでいる住所からはどの教室も絶妙に遠くて、あまり強い希望はなく第3まで選んだ結果、確か第2希望の教室に行くことになった。

 それぞれの教室に行くメンバーは、実は3回目のグループワークで一緒になった人たちで固定されていた。私たちが行くことになった教室にはもう一つ別のグループの人たちも見学するとのことで、待ち合わせ場所には引率のスタッフも含めて7, 8人の結構な人数が集まった。

 人の顔を覚えるのは得意な方だと思っているのだけれど、私は3回目のグループワークで一緒になった人が誰かわからなくて(私の顔を見て「あっ」となる人もいなかった)少し心細く思っていた。特に同じ年頃でお互いに親近感を抱いていたと思えた人はお休みになってしまったらしく、見学者の中で私と同年代の人はその日はいなかった。

 日本語学校は小学校の教室を借りて開催しているらしかった。私が見学に行った時には体育館で同好会に見える大人たちがスポーツをしていて、夜の学校というのは案外いろんな用途で貸し出されているのだなと思った。今これを書きながら『宙わたる教室』のことも少し思い出した。

 小学校には当たり前だけど子供向けに背丈の低い靴箱、ロッカー、トイレ、手洗い場などが設置されていて、新鮮さを感じながら私はほかの見学者たちと一緒にその横を通り過ぎた。

 私たちが見学したA日本語教室は、10人にも満たない少人数の教室だった。ボランティアの支援者は学習者の人数より1, 2人多いくらい、そしてその場を取りまとめるコーディネーターと呼ばれる方が1人だけのこじんまりとした教室だった。2時間の授業の内の大半がフリートークの時間で、学習者と支援者がマンツーマンのペアになって日本語で会話をしていた。最初の10分くらい、教室の端の方で見学していた私たちは、コーディネーターの方からA日本語教室の概要について説明を受け、「見てるだけじゃわからないでしょうから」とそれぞれのペアに混ざってフリートークに参加するよう勧められた。け、見学だけじゃなかった!(予想はしてたけど)、とドキドキしながら私が混ぜてもらったのは、比較的年齢の近そうな女性の支援者と学習者のペアで、内心正直ほっとしていた。

 学習者や支援者の方の詳細についてはプライバシーなので書くのは控えるが、学習者の方はまだ日本に来て数ヶ月しか経っていないけど日本語検定を勉強中のいわゆる“中級レベル”の方で、会話は比較的テンポよく進んだ。日本のドラマや映画が好きらしく、『アンナチュラル』や『ブラッシュアップライフ』が好きだという話で盛り上がった。その人は『MIU404』を知らなかったので私は『アンナチュラル』と同じ人がストーリーを作っていることを教えて、主演の星野源つながりで『逃げ恥』の話になった。その方は中国から来たのだけれど、中国で『逃げ恥』は不人気らしい。ガッキー演じる主人公みくりが契約結婚で専業主婦になるストーリーは、中国人女性にとって全く魅力的では無いらしい。「中国の女性は外で働くのが当たり前なので」とその人が言った時、思わず「そっち(外で働くのが当たり前)の方が良いと思います」と言ってしまった。

 楽しかった話はいくらでもできるけれど、あえて私が「失敗した(上手くできなかった)」と感じたことも二つ書いておく。

 授業の一番最後、学習者に感想を書いてもらう時間があったのだけれど、私は学習者の方が書いてる文章を見て「漢字も書けてすごいですね」と言ってしまった。その人の返事は「中国人ですから(苦笑」だった。すぐに謝ったけれど、正直今も思い出しながら落ち込んでいる。日頃あれほど人権について考えているつもりでも、人はあっさり間違えてしまうのだ。

 二つ目は、日本と中国の氏についての話の時だった。法律的に結婚して苗字を揃えなければならない夫婦同姓の国は日本だけになってしまったということは、中国は結婚しても夫婦別姓──どちらかが名前を変える必要がないわけで、たまたまその話になった。そして「日本では女性が苗字を変えなければならないですよね?」と聞かれたのだ。この時私は少しムキになってしまい「本当はどちらが変えても良いけれど、女性が変えるケースが“多い”のだ」と言ってしまったけれど、説明が難しすぎて学習者さんに上手く伝えられなかった。

 こういう時にジェンダーギャップ指数を引き合いに出すのが正しいかわからないけれど、日本のジェンダーギャップ指数は先進国の中で最下位であることは有名だ。3回目の講義でもその話はあって「韓国や中国も日本より上だ」と講師が話していた、そのことを意識させられた。『逃げ恥』のストーリーが中国では不人気、という話でもそれを感じた。

 学習者の方との会話でこのような話題になった時、どこまで正確に伝えるべきか、そしてどれだけ自分が冷静に伝えられるか、ものすごく考えさせられた瞬間だった。正しい情報を伝えたい、でも優先すべきは学習者の方とのコミュニケーションで、知らないことは悪いことじゃない。それは日本語話者が話し相手であっても変わらない。

 以上が私の反省点だ。見学という初回にも満たない段階で、振り返りの多い経験をさせてもらった。

 最後に少しだけ支援者の方についても触れておく。支援者の方は私がテンパって自分の話や“やさしくない”日本語の質問をしそうになる中、学習者さんのトークを上手く引き出す質問をたくさんしていた。私は流石経験者と舌を巻くばかりだったのだけれど、話を聞いたところその人も今回が初回なのだそう。いやいや、質問の引き出しが…、と私が驚く中、その方も私が参加したような講座に参加した後にボランティア登録をして、このA教室の配属になったことを教えてもらった。講座の途中で見学した教室はA教室とは別で、いろんな教室を見学した末にこのA教室に希望を出したらしい。その時の説明ではいまいちピンと来なかった部分もあったけどなんとなく(そういうこともできるんだな)と思ってその場では深く追及しなかった。私もこのA教室の雰囲気が気に入ったので、ここで支援ができると良いなと思いながら帰り道はその人と別れの挨拶をした。

2026.02.XX おわりに

 実際の日本語教室の見学が終わって、私はすっかりこの講座を終えた気になっていた。見学したA教室が充分魅力的だったし、見学で話した支援者さんの話によると講座の最後にボランティア登録の希望を聞かれるらしいので、そこでA教室の希望を出して帰ることだけを考えて最後の講義に向かった。

 最後の講義は早速グループワークで、いくつか候補のあったそれぞれの日本語教室についてお互いに説明し合うのが前半の時間だった。その時私は改めて、教室の規模や雰囲気は多岐にわたるのだと驚いた。私が見学したような小規模な教室もあれば、50人以上が一度に集まって学習する大規模な教室もあった。フリートークがメインの教室もあれば、プリントやテキストを使って本格的に日本語の文法の授業をする教室もあった。

 学習者の日本語レベルも様々であることが話を聞いているとわかった。日本語検定を勉強しているといってもN1~5でレベルは様々で、N5を勉強中の学習者はN2を勉強中の学習者の話(なんと高市政権の話!)の意味が理解できないなどの学習者間のレベルのギャップに直面した人の話もあった。その話の延長で、「日本語を学び始めたばかりで、全然話せない人とどう会話すれば良いのだろうか」という話にもなった。

 グループワークの時間が終わると、日本語教室の様子を踏まえた質疑応答の時間になった。

 質問者は2人だった。1人目は、「ある教室では月に一回振り返りの時間を設けているという話があった。他の教室でも振り返りの時間は確保されているのか。また、支援者間の振り返りでも対処しきれないような事態が発生した場合の相談先はあるのか」だった。

 振り返りの時間があるかどうかは日本語教室に依存する。振り返りがあると言ったのは私が見学したA教室だったのだけれど、月に一回、授業の時間を支援者たちの振り返りの時間に使わせてもらってるとのことだった。日本語教室の支援者はボランティアで参加している。普段の授業時間に加え振り返りの時間を別途取るとなると、+アルファで時間を割くことになる。それは夜間授業の教室でも昼間の教室でも変わらず、支援者の負担になるので行政から強制することは難しい。それでも、支援者同士で振り返りのコミュニケーションを取ることの大切さは支援者共々共有しているというのが講師の方の回答だった。支援者や教室内の手に余る事態があった時は、日本語教室を管理している行政の委員会や講座を開いている学習センターに連絡してくれて良いとのことだった。

 1人目の質問はちょうど私が気になっていたことだったのだけれど、2人目の質問も興味深かった。……と書くと、少し語弊があるかもしれない。なぜなら前回に引き続き、少しギョッとする内容の質問だったからだ。2人目の質問はこうだった。(文章は私の記憶から意訳したもので、発言ママではありません)

実際にボランティアの経験を踏まえた上での質問です。各教室の共有の話にもあったように、学習者間で日本語の習熟レベルが様々な実態がある。そしてそのような流暢に話せる人と全く話せない人とのギャップがある状態で日本語を教えるのは、全てボランティアの負担になっている。また、共有の話でもあった通り、特定の国からやってきた学習者さんが近年異常に多い。しかし街の実態を見ていると、その国の人以外にも暮らしている外国人の方はたくさんいる。行政が受け入れる日本語教室には定員があり、その人たちのニーズに応えられていないのではないか。行政の側で最低限の日本語が話せる学習者を中心に、出身国が偏らず満遍なく受け入れることができるようフィルター(「これ以外の良い言葉が思いつかない」とその人は言いながら使っていた)を設けることはできないでしょうか。

 この質問をした方は講座の前からすでにボランティア活動を行っている人らしく、この5回目の講義の前から(良い印象で)少し目立っている人だった。だから私はその人が上記で述べたような質問をしたことが意外だったし、勝手にショックでもあった。

 質問に対して(厳密には1人目と2人目の質問は席が近い影響で一度に行われたので、どの質問に対する反応かは正確には測れない)、講師の方は少し考える素振りを見せながら丁寧に回答を行った。(これも意訳です)

まず、日本語教室というのは「誰でも参加できる」ということをコンセプトにしています。学習者の語学レベルや国籍によって受け入れをコントロールすることはしませんし、してはいけないと思っています。学習者の中で、あまりにも日本語の習熟度が高く、他の方の入学の妨げになっているのでないか、“卒業”制度を設けた方が良いのではないか(共有の中で“卒業”制度を実際に設けている教室もあった)という議論もあったが、私の教室では結局採用しませんでした。それは「誰でも参加できる」というコンセプトに反するからです。また、日本語を勉強したての「全く話せない」学習者でも、それでも、毎週欠かさず教室に足を運んでくれます。そんな学習意欲のある方が「全く話せない」わけがなく、そう思っているのはむしろこちら側の問題でです。そのような学習意欲のある方を受け入れる側でフィルタリングすることはしません。もし本当に話せなくても、その人が毎週教室に安心して来たいと思える、それだけでも意義があると思っています。

 回答を聞いて、質問者の方は回答を予想していたような口調で「ありがとうございます」と返していた。そしてそのまま、講義は講師の方の説明に進んだ。

 多文化共生社会における教室の役割とボランティアができること

 説明の前に配られたプリントには、そう書かれていた。そしてここで聞いた内容について、上手く説明できる自信がない。

 日本語ボランティア活動の理念は、人としての権利(=人権)とエンパワーメントの視点を大切にしている。そしてそれは、人と人の出会いによって可能になると考えている。人は誰でも個性、感性、能力を持っている。それを持って自分の意思で色々なことを決定し、社会に参加して力を発揮する、それは人としての権利である。自立しろとか、頑張りなさいと元気づけるのではなく、その人が持っている力が発揮できるよう働きかけることを大切にしている。──そんなことが、プリントの冒頭には書かれていた。

 日本語ボランティア活動では、「外国人が住民として生活する中で直面する3つの壁」を定義しているらしい。日本語がわからなくて、意思疎通ができす、孤立してしまう「言葉の壁」、文化や慣習、制度の違いを理解でき図に生活運営が困難になる「制度の壁」、日本人と外国人との間の誤解が軋轢を生む「心の壁」──それらは全て「外国人の問題」なのだろうか?「外国人市民も地域社会の構成員」、「同じ地域に住む隣人としての外国人」という視点を持てば、「外国人の問題」ではなく「私たちの問題」として考えられるはず。お隣さんに声をかけよう、お隣さんと話そう、お隣さんを知ろう。気軽に彼らをサポートすることが、地域から作り上げていく多文化共生社会につながるはず。社会的文化的に異なる要素を持つ人々がお互いの違いを認めつつ助け合って生きていこうと努力する社会でこそ、新しい関係性が創造できる。これは難しくて、大変なことだけど、ボランティアのやりがいでもある。

「異なってるけどまとまっていこう、そのために知恵をしぼろう」

 講師の方のこの言葉が私は印象的だった。

「みんなちがってみんないい」──この言葉で有名な金子みすゞは、わずか27歳で自死している。その史実を知ってから、私はこの言葉を他者の違いに無関心であること、その無関心さを許容しているのではなく、「違っていても一緒にいられたらいいのに」という祈りの言葉のように聞いていた。そして先ほど書いた講師の言葉は、そんな希望や祈りに近しい言葉だと感じた。

(※ ここまでの内容は、プリント前半部の記載を多分に引用させていただきました)

そしてこれから…?

 ここまで書いたことは私が講座で見て聞いて、知ったことだ。そしてこれからは私が講座を通して考えた、そして今も現在進行形で考えていることを書いていく。

 ……書いていく、つもりなのだけれど、まさかのこれだけで7000字近く使ってしまい、これからの話でも5000字近く書いてしまって、おそらくしずインの最大14000字にヒットしそうである。しずインって14000字までしか書けないらしい、知らなかった。というかひとつの記事にそんなにたくさん書いてる人見かけないよなと思う。フィードを見ていても、2,3000字とか、1000字にも満たない文章を書いてる人がほとんどだと思う。こういうことをダラダラ書くから文字数が増える。この話はこれで終わりです。よかったら続きも読んでください。

@talia0v0
とりあえず気ままに。