母親は自身のことを正直に言わない人間だった。過去や年齢、親族関係など聞く度にころころと変わる。
あれはおそらく21,2の頃。母親と外食をし酒を飲んだ。私も酔ってはいたが、それ以上に母親が泥酔状態だったためタクシーで帰宅することにした。
夜遅くで道が空いていたのと運転手の気性とで車はぐいぐいとスピードを上げていく。そんなときだ。「あなたには姉がいる」と告げられた。私は生まれてからずっと一人っ子だったのだが、その瞬間に姉が生えた。
母親曰くスナックで働いていたときに父親と出逢い、当時母親は結婚していたが家族を捨てて駆け落ちしたそうだ。その時私はどんな反応をしたのだろう。流れ行く車窓のことしか覚えていない。キラキラした夜の街。
「Mには可哀想な思いをさせた」と母は言った。Mとは、その昔母親が入院中に小学校低学年だった私の面倒を見にやって来て10日後に消え失せた私のいとこだ。Mはいとこではなく姉だった。つまり母親は自分の入院中、駆け落ちした男とその間にできた子どもの世話をするよう捨てた娘に頼み、その際子どもにはいとこと名乗るよう口止めをした。
話し終えると母親は家に着くまで眠りに落ちた。それからMの話も過去の話も一切することはなかった。
因みにMの上にも姉が一人いたそうで、私は三姉妹の末っ子だった。占い師の言ってることは間違いではなかった。
母親の死後に書類で年齢を知った。実の子ども相手に20もサバを読んでいた。嘘を重ねる人生は苦しかっただろうと、今なら思いやれる。