第4週、つまり、一ヶ月です!まずはこのクオリティ、この濃度で一ヶ月走り抜いたことに大拍手〜!!!友人とも話してたのですが、このあと総崩れになってもこの一ヶ月だけですでに殿堂入りの出来だと思います。それにこの一ヶ月を見て、たぶん最後まで大丈夫だろうなと信頼できました。残り五ヶ月がんばってください〜!
第4週「屈み女に反り男?」
さて第4週、寅子たちは法学部に進学し、男子学生らの机を並べることになる。女子部時代、法廷劇の騒動はもちろんのこと、普段から男子たちのからかいを受けていた寅子たちは身構えて教室に入るも、リーダー格らしい花岡はじめ男子学生たちの友好的な態度にすっかり牙を抜かれ……?
この週で描かれたのはずばりホモソーシャル。
寅子たちにはとても優しく親切なのに、男だけの会話になると女性蔑視を隠さない花岡。公衆の面前で妻を馬鹿にし、妾がいることを隠そうともしない梅子の夫。100年後の未来である現代にも、花岡や梅子の夫のような男性は残念ながら存在する。
じゃあどうして男性はそういう言動をしてしまうんだろう。寅子たちファーストペンギンたちの苦労は共感しやすいけど、ファーストペンギンを受け入れる側の困惑、というのはあまり丁寧に描かれてこなかった部分かもしれない、と今週のとらつばを見て考えさせられた。
「男女七歳にして席を同じゅうせず」の時代、花岡たちは女性の同級生と机を並べた経験がない男の子たちだった。女中でも女給でも家族でもない女性であり、かつ同級生である寅子たちの存在は花岡を戸惑わせたのではないだろうか。寅子たちは結婚相手を探しに大学に来てるわけではないので花岡をそういう相手として見ていない。そしてもしかすると自分より頭がいいかもしれない。そんな相手からどうやって尊敬を勝ち得るか。花岡のはじき出した模範解答は寅子たちを「特別扱い」することになった。その他多くの女性たちから切り離し「君たちは違う」と持ち上げることで寅子たちを喜ばせることができる、その結果として自分も尊重されるだろうと思ったんだろうと思う。
だけど寅子はその「特別扱い」に対して激怒する。特別扱いしてほしいわけじゃない、一人の人間として見てもらいたいだけなのだと。「特別扱い」は結局は自分たち男とは違う、という見下しと同義だった。
モテる男性が抱える「女性嫌悪」についても考えさせられた。花岡はルックが良いし大学生だし、とにかくモテる。女にモテるのは男の勲章だと、まわりからは羨ましがられるし自分もそれを自慢に思っているだろう。だけど「モテ」というのは「性的対象として消費される側」でもある。外見とか身分とか、変わってしまうかもしれない自分のパーツの一部を見て勝手に好意を寄せられること、何かを期待されることへの嫌悪感、そして一人の人間として見てもらいたいという希求は当然、花岡もまた持ち得るものだった。
そんな花岡だが、上京する前の自分も知っている友人・轟の言葉には素直に耳を傾ける。それは轟が男だからとか同郷の友人だからという理由でなく、轟が「モテ」に価値を置かない人間であり、ほんとうの意味で対等な友人であると花岡はわかっているからだ。そこに花岡の人間性が見える。
一方、「男と女がわかりあえるはずがない!」と保守的な男性そのものなキャラクターとして登場した轟だが、遠巻きながら寅子たちの真摯な学ぶ態度を見て、誰に言われるわけでもなく自分のなかにあったジェンダーバイアスに気づき、それを改めることのできる柔軟な思考を持った人間だった。裏表なく陽気な彼はそのバンカラなルックも相まって登場一週目にして視聴者の人気をかっさらった。
表面的にはジェントルながら男だけの会話では女性嫌悪をあらわにする花岡、周囲の価値観に染まらない轟、有害な男らしさをそのままインストールしている小橋。たった数日、少ないキャラクターで男子学生もまた多様であることが描かれた脚本だった。そのおかげでファーストペンギンを受け入れる側の困惑とその背景に初めて目を向けることができたように思う。政府の施策によって男女別を叩き込まれていたのにここへ来て突然女性と机を並べることになったこと、現代よりも男性優位な社会は裏を返せば男性へのプレッシャーがより大きい時代であったこと、そしてなにより彼らはまだ若い。
寅子たちファーストペンギンらは女性のいない社会に飛び込んでいってたくさん傷ついた。だけどそのファーストペンギンを受け入れる側となってしまった若い花岡たちもまた、それまで当たり前だった価値観を揺さぶられ、どう受け入れるべきかを誰からも教えてもらえなかった。そのことも忘れずに見ていきたいなと思う。
また、男子学生たちの問題と同時に描かれたのが梅子の家庭の問題だった。梅子の夫もまたホモソーシャルを煮詰めたような男性で、梅子を子を産む機械として見ていることを隠そうともしない。だけど梅子が離婚しようと決めたその決定打は、長男が父親そっくりな目で梅子を蔑むように見たことだった。離婚して、親権が欲しい、次男や三男まで父親のほうな人間にするわけにはいかないと。
梅子は家庭の深刻な問題をこれまで寅子たちに話すことはなかった。きっと梅子は寅子たちの前では「幸せでおだやかな梅子さん」でいたかったし、家に帰れば夫からも息子からも見下されているなんてみじめなこと、知られたくなかったと思う。大好きな仲間だからこそ。その梅子の気持も守られるべきだったけど、知ってしまった寅子たちは梅子にとってぜったいにすばらしい援軍になるはず。ずっと一人で抱えてきた重荷を、話すことですこしだけ軽くできたんじゃないか、そうだったらいいなと思う。
花岡の女性観と梅子の家庭問題はどちらもホモソーシャル(と女性嫌悪)がベースにある。二人の個人的な問題をうまく絡めながら現代にもつながるホモソーシャル問題をたった4日で描き、花岡と梅子の対話というラストに落とし込んだ脚本は本当にすばらしかった。花岡が変化にいたるまでもうすこしエピソードがあってもよかった気はするけど、ホモソーシャルの問題は長引くとそのぶん女性が傷つく描写も増えるし、ぎゅっとまとめてくれてよかった。そして台詞に書かれない背景を想像させてくれる、行間のあるドラマだなということも改めて思った。
梅子に謝罪しながらつい本音をこぼしてしまい、そのことにも困惑しているような花岡を演じた岩田さんの演技にはぐっと引き込まれたし、それまではよそゆきの笑みを浮かべていた梅子さんの「親権がほしい」と言ったときの覚悟の滲んだ瞳を見せてくれた平岩紙さんもさすがでした。良い脚本は役者の熱演を生む。
このドラマは男性を悪く描きすぎだという批判もあるようだけど、わたしから見るとむしろずいぶんマイルドに補正されているように思う。この当時は梅子の夫や小橋みたいな男性がマジョリティで、直言や穂高、轟のようなフラットな男性はめずらしかったはず。そういう時代だったのだ。そしてそれは日本だけじゃない。寅子たちが明律大学法学部に入学した年からおよそ20年後(20年後ですよ!)、ハーバード・ロースクールに入学したルース・ベイダー・ギンズバーグ(アメリカで最も尊敬された女性最高裁判官)は当時の学部長にこう言われたという。「男子の席を奪ってまで入学した理由を教えてくれ」と。
また、花岡の友人である轟に花岡側には立たないという選択をさせたことで、男と女で対立させることをかなり明確に避けようとしているように思う。属性で線を引かない、というのは背景的に配置される名もなき人たちに少し目が留まるような演出を見せるこのドラマらしい。人は属性だけでは語れない。またフェミニズムの物語から男性を排除しない、ということも大事なことだと思う。
そんなこんなで月〜木でホモソーシャル問題は一応のかたをつけ、金曜は寅子の父・直言の逮捕とそれに連なる大汚職事件・帝銀事件が幕を上げた。気丈なはるが肩を落とし、寅子も学校にも行けず困惑している。だけどそれまでは情けない顔ばかり見せていた優三がきりっとした様子を見せて猪爪家を励まし、梅子は夫に頭を下げて弁護を引き受けてくれるよう懇願し、穂高と花岡も駆けつけてくれた。寅子はひとりじゃない、法律を学ぶ沢山の仲間がいる。そのことが心づよい。
来週も楽しみだ〜!
第3週脚本ふりかえり
カットされた台詞からひとつだけ。久保田と中山が二人だけになって授業を受けているシーン。泣いている中山に久保田が「中山君、先生がお困りだぞ」というシーンまでは放送されたけど台本ではそのあと中山が
「(泣いて)だって……久保田さんは辞めないでね。私を一人にしないでぇぇ!」
というセリフがあったので笑ってしまった。中山先輩、たとえ久保田が去って一人になっても自分が辞める気はないんだなと思って😂 泣き虫だけどいちばんガッツのある中山パイセン、大好きです!!!