「トゥーリには、そろそろ旅の目的を話そうか」
窓の外を眺めていたミーサは、深く息を吐くと、ゆっくりろうそくの明かりを灯す。すっかり日が落ちて、暗くなった部屋が温かい色に染まった。
「まぁ、目的と言っても、そんな大それた話ではないんだけど……」
話すと言いつつ、ミーサは何度か口を開いては閉じる。まるで話したくないと、心が拒否しているような素振りだ。しかしトゥーリには、いつかこの話をしておかなければならないと考えていた。それが今なのだと、意を決したミーサは口を開いた。
「私にはかつて、友人がいたんだよ。大昔の話だけどね」
その言葉にトゥーリはキュ? と小さく鳴いて、首を傾げる。
「友人…………私だけが、そう思っていたのかもしれない。あいつは才能の塊のような魔女だった。プライドが高くて他人を見下すし、常にべちゃくちゃ喋って煩いし、癇癪持ちだし、何かと張り合って自慢してくるような奴だったけど。私は嫌いじゃなかった。むしろ……」
ミーサはそこまで言うと少し黙ってしまったが、再び話を続ける。
「ある時、あいつは私にこう言ったの。『あんたは知識も力もある。あたしが欲しいものをすべて持っているからめちゃくちゃ腹立たしいけど、あまりに世界を知らなすぎる。何に対しても関心がなさすぎる。自分のことしか見ようとしない。そういうの、なんて言うんだっけ。ええと井の中の……まぁ、とにかくさ。そんなんじゃ、せっかく持っているものは腐っていくだけよ』ってね」
当時を思い出しながら話すミーサは、パッと見ただけではわからないが、どこか楽しそうだ。トゥーリは木の実を頬張りながらそう感じた。
「あいつに言われた時は、そうなのかって、気にも止めてなかった。でも今思えば、あいつなりに気を遣ってくれていたんだろうけど」
それも遠い昔。終わった話だね、とミーサは小さく呟いた。
「……それから月日は流れて、北の地でロスカが産まれた。トゥーリ、お前も会ったことあるね。毛皮のローブを被った、黒髪の女の子。おぼえてる?」
そう問いかけられたトゥーリは眉間に皺を寄せ、唸りながら思い出そうとする。しかし、すぐに思い出すのをやめて、何事もなかったかのように木の実を食べ始めた。
──覚えてないか。
トゥーリの様子を見守っていたミーサは、内心少し呆れながらも、トゥーリらしいと微笑ましく思えた。
「ロスカが物心ついた頃、孤児院から逃げ出して、犬二匹と世界を旅するようになってね。毎年冬の終わりになると、私のもとにやってくるのだけど……楽しそうに旅の話をする姿を見て、初めて羨ましいと思った。昔、あいつに言われたことも思い出したからか、私もこの目で世界を見てみたいと思ったの」
淡々と話すミーサの声が、静かな部屋に響いては消えていく。そして、おもむろに壁に立てかけた花を手に取った。ミーサがいつも持ち歩いているスズランとも、チューリップとも違う白い花。それを見つめながら話を続ける。
「これは目覚めの鈴という、私だけが育てられる花。時間をかけて夜明けの光をたっぷりあてると、この世に春を告げるだけでなく、命の成長を早める力も持っているの。でもね……条件を満たせば、目覚めの鈴はあらゆるものを鎮める、やすらぎの音を告げる力もあるんだよ」
木の実を山盛り食べ終わったトゥーリは、ミーサが無言になったことに気付いて顔を向けた。目覚めの鈴を見つめた顔には、どこか寂しさと迷いが浮かんでいるように見えた。
「あいつはいつか目を覚ます。そうしたら私を殺すべく、必ず探しに来るだろうね。……だから、どうせ旅に出るなら目覚めの鈴に、やすらぎの音を宿す方法を見つけたい。それで、その音であいつを鎮めてあげたいんだ。世界のどこかに、その方法があるような気がしている。あいつを救えるなら、私はまだ諦めたくない」
「キュー!!」
ミーサの話を理解しているかどうかはわからないが、トゥーリは手足をバタつかせ、元気よく返事をした。一瞬、ミーサは目を丸くしたが、トゥーリの無邪気さに微かに笑ったように見えた。
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SSの長さじゃないなぁと思いつつ、分割しないで載せました。
このお話は、おばけちゃんことイルマと某少年のお話の次に書きたいです。でも、いつになるか全然未定……。
キャラ紹介(※ネタバレもあるので注意)
■ミーサ
https://sizu.me/shourauni/posts/0w217ckcdf34
■ロスカ
https://sizu.me/shourauni/posts/2ahcme3rz7oc
■犬二匹(スコルとハティ)