#82 どうか健やかに、あなたにとって日々が良いものであり、幸せであってほしいと願う🦩週刊ふらみんちゃん

tndr215
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公開:2026/2/22

① 「しずかなインターネットで日記を書こう!」活動

「書きたいけど書けない」とき向けの雑記を書いた。悩みを打ち明けてくれた本人には、許可をとって書いています。

しずみーには読者登録機能があり、前々から知り合い以外の方が読んでくれてる…?と思っていたところ、感想レターをもらい嬉しい限り。ありがとうございます。実はわたしもたまに読みに行かせてもらってます。

フォロワーからも感想レターをもらったのだけど、「こんなに考えて書いてないよ〜😂」と驚かせてしまったので、取り急ぎTwitterで「なんか、書けない…」ってモヤモヤするとき用の処方箋みたいな感じだから!と補足させてもらった。

考えなくても書けるなら、それは素晴らしいことなんですよ!!ほんとに!!てかわたしも毎回ここまで考えて意識して書いてるわけじゃないから大丈夫!

前に「しずかなインターネットで日記を書こう!」活動をしたときに、わたしは「長年Twitterやってる人なら書ける」と言った。これは、Twitterと親和性の高い人は、「文字情報を読み取るのに強い人」だから。

あなたは「説明動画」のようなものを見なければならないとき、画面に表示された文章を音声が読み上げ続けている状況で、「もう読んだから先に進んでくれ」と思ったことはありませんか?フルボイスゲームをやっていて、表示されたセリフをキャラが読み上げている途中に「もう読んだ」から次に進めていませんか?そういうタイプが「文字情報を読み取るのに強い人」です。

で、「文字情報を読み取るのに強い人」は、「読める」ので「書ける」。「読める」というのは、文章が補い合うために書かれているのを無意識に理解しているから、そこを意識して書けば、書けるよ!っていうことが…愛読している『800字を書く力』という本に書かれているので、興味のある人は読んでみてね。

「そんな小難しいこと考えずに、書きたいように書けばいいんだよ」っていうのは、もちろんそう。書けるときはそうやって何も考えず、言葉が出てくるまま書いていた。だからそれをわかっているはずなのに「書けない」となったとき、イコールで繋げられる言葉は「才能がないから」とかそういう、自分を傷つける言葉になってしまっていた。

そうやって「書けない」自分に対して、何度も何度も繰り返しキレまくって、もっと勉強しなきゃ!まだ足りない!もっと言語化能力や影響力があれば!って(勝手に)嘆き憤りながら長年自カプへのお気持ち文章も同人小説も書いてきたから、あのような苦しみを、これから「書きたい」と思っている人に味わってほしくない。ただそれだけ。

論理としての「書けば書ける」を理解して、「いやそれでも最初の一文字が書けないんだ!」ってときは、自分で自分を追い詰めてないかな?その「ちゃんと書きたい」「評価されたい」の気持ちも立派だけど、わたしは本当にその欲望しかない状態で書こうとしてるのかな?って、もう少し上のレイヤーにある自分の声を聞く。そうすれば「自カプがこの世に"ない"ことがありえない、だから書く」とか「わたしの気持ちをどこにも残せないなんて、イヤだ」とか、ちょっと違った声が聞こえてくる。そっちの声を聞きながらだとなんとか書き出せる。だから、文章力がないとか語彙力がないとか、「能力不足」って自分を傷つけなくていいんだよ。これは未来のわたしにも向けて言っています。

②推しの誕生日に思うあれこれ

2/21は和田さんのお誕生日。おめでとうございました㊗️今日は日本代表の壮行試合の始球式してて、熱男さんがキャッチャー、ギータさんがバッターとして参加してくれてて涙涙。

昨日は特別なことはしなかったけど、ゴミ捨てをしたり、散歩がてらちょっと遠いスーパーに行ったり、読書をしたりのんびり過ごせた。願わくは推しも、こうした穏やかな日々を過ごしてほしい。

友達への感情を書いていた時も思ったけど、わたしにとっての「愛」というのは、「どうか健やかに、あなたにとって日々が良いものであり、幸せであってほしい」と願うことなのかなと思う。『ファンになる。きみへの愛にリボンをつける。』の感想を書いたときもそんなふうに思った。

ただあなたという存在がいるだけで、わたしはこの上ない幸せをたくさんいただいた。でも、わたしが受け取ったこの幸せこそ、あなたの未来にあってほしい。それ以上のものがあってほしいと願ってやまない。だから推しが無責任に中傷されることは、わたしにとって身を滅ぼしかねないほど苦しくて痛い。推し本人が傷ついていないとしても、傷つけようとしている存在が目に入ることがかなり苦痛。

二次元のキャラに対してもそう。くらりょも白河も「ただ君(たち)の未来が幸せであってほしい」と思っている。くらりょに関しては、こんなにも唯一無二で絶対的なつながりがあるというのに、ただ「同性である」という一点だけでこの「尊敬・尊重・信頼」の関係が異性との「恋愛・性愛」よりも下であるという扱いを受けかねないことが、当時のわたしは我慢ならなかった。

特に亮さんにとって、こんなにも特別な「年下の相棒」は、今後の人生に現れないんじゃないか。なのに、倉持が別の相手を「異性だから」という理由で選んでしまったら、そのとき亮さんはどう感じるだろう。抱いているものが恋愛感情じゃなかったとしても、どこかやるせない、喪失感を持ったりしないだろうか。そんな、そんなの………絶対にイヤだ!!!!くらりょです!!!一生添い遂げます!!!!!っていう、当時のわたしの精一杯だったなと思う。当時はここまで言語化できてないけど。

白河に関しては「今後も一生、御幸一也という低温やけどのような傷があり、そこにさわられるたびに痛む」人生は、「幸せ」ではないな…じゃあ、その瞬間はめちゃくちゃ痛いかもしれないけど、袈裟斬りのようなでっかい傷にぶち当たり、ちゃんとかさぶたにして「もう痛まない傷痕」にしてあげたい!って気持ちから、御白を書いたり考えたりしていた。しかしそこに燦然と現れた早乙女慎一郎。お前…お前は?!何?!白河勝之の未来?!3年経っても何もわからん。

湊静とか海七とか遼愁も、受けにとって攻めと生きる未来こそが「幸せ」だと信じてるから、書いてる。マサ静はちょっと構造が違うので…。

わたしの中にはもうだいぶ前から「わたしに好きになられることは、相手にとって迷惑」という傷があった。ある、今も。わたしの「愛」には、価値がないと思っていた。だから二次元や遠い、近くにいない相手に対して全力で「あなたの幸せを祈る」という愛し方をしてきた。「こんな価値がないものを、対象に伝える必要がない」から。

それが、この前のリモートバレンタイン会の翌日に「みんなめっちゃ幸せでおってほし〜〜〜😭😭😭」って1人で号泣したとき、これはちゃんと書いておきたいかもって思った。

人は物理的というより精神的に「自分は孤独だ」と感じると、どうにも立ち行かなくなるというのを本で読んだ。わたしがどうしようもなく「孤独」を感じて苦しかったとき、「でもわたしには大切な友達がいる」ことを考えて、たくさん踏みとどまってきた実感もある。

「友達がみんな天使のように優しいから、わたしなんかにも優しくしてくれる」という見上げる構造をやめて、同じ地平に立ち、「わたしにもあなたにも価値がある」と考えたら、「じゃあ、わたしと同じようにもしあなたが「孤独」を感じたときは、わたしはあなたの幸せを願ってることを思い出して」と言いたくなった。

思えば、和田さんに初めてファンレターを出したときもそんな感情だった。「あなたがもし今傷ついて、苦しいのであれば、わたしが物理的にできることは何もないかもしれないけど、あなたを20年以上信じているファンがいることを伝えたい」と思って、書いた。そのあと熱男さんの自叙伝を読んで「ファンの声援こそが自分を熱男にしてくれていた」と書かれていたことに号泣した。そのころから少しずつ「自分の愛には価値がない」の呪縛が解けてきたのかもしれない。

本当はこんなにいじけた、卑屈な考えを持っていることすら恥ずかしい。でも「恥」は秘めれば秘めるほどに増幅して傷を増やすので、こうして少しずつ日の光に当てたり、風を通して虫干ししていく所存。

いつも読んでくれているあなたも、ありがとう。

@tndr215
なまえ・ジャンル:ふらみんちゃん(17)ところにより天瀬ちゃん インターネット17歳をしています おしゃべり大好きオタクsizu.me/tndr215/posts/5insomdbriwu